翌日、目を覚まして、すぐにスマホを見る。
トークアプリに追加された、唯一の男子の名前に、
昨日のことが現実に起こったことなのだと、実感が沸いた。
ノートの中の漫画は、何も変わってはいない。
ネタ帳として使っているノートの最後のページにある、
『頭ポンポンは、好きな人相手じゃなくてもドキドキする』
という、メモ書き以外は。
自分の頭に、手を当てる。
ベッドの上から、本棚に並ぶ漫画の背表紙を眺める。
確か、あの作品も、隣の作品でも、主人公の女子高生が、男子に頭ポンポンってされていた。
思い出すと、いとも簡単に顔に熱が集まってくる。
*
通学かばんに漫画のノートを入れて、いつもと同じ時間に家を出る。
あまり眠れなかったせいで、駅のホームに着いたとたんに、あくびが止まらない。
河内くんとは同じクラスだけど、学校では知らないふりをすると決めたんだし、
放課後までふたりきりになることはないから、それくらいまでには、気持ちが落ち着けばいいんだけど。
電光掲示板を見上げる。
電車が来るには、まだ少し余裕がある。
ホームにあるベンチに腰をおろして、ひと息つく。
右耳のすぐそばで囁かれた声に、反射で振り向く。
河内くんが、私の真後ろから、ベンチの背もたれに手をついて、体を乗り出して顔を覗いていた。
完全に油断していた。
ため息をつく。
本人は意図したことではなかったらしいけれど、ドキドキしてしまったことは事実だから、これもノートの最後のページに書き加えておこう。
寝耳に水、といった表情に、私の方が首をかしげてしまう。
はにかむように笑った河内くんは、駅ホームのアナウンスを聞いて、電車がやってくる方に目をやった。
そして、ベンチの後ろから、私の前に回り込んで、手を差し伸べた。
胸の高鳴りを気づかれませんようにと願いながら、私はその手を取った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!