第5話

少女漫画のヒロイン
5,629
2021/05/07 04:00
翌日、目を覚まして、すぐにスマホを見る。
トークアプリに追加された、唯一の男子の名前に、
昨日のことが現実に起こったことなのだと、実感が沸いた。
ノートの中の漫画は、何も変わってはいない。
ネタ帳として使っているノートの最後のページにある、
『頭ポンポンは、好きな人相手じゃなくてもドキドキする』
という、メモ書き以外は。
自分の頭に、手を当てる。
葉山 日菜
葉山 日菜
(違う。こんなんじゃなくて、もっと……)
ベッドの上から、本棚に並ぶ漫画の背表紙を眺める。

確か、あの作品も、隣の作品でも、主人公の女子高生が、男子に頭ポンポンってされていた。
葉山 日菜
葉山 日菜
(漫画のヒロインたちは、すごいな。それでも、普通に学校に通い続けるんだもん)
思い出すと、いとも簡単に顔に熱が集まってくる。
葉山 日菜
葉山 日菜
(……今日は、河内くんの顔を見て話す自信がない)
通学かばんに漫画のノートを入れて、いつもと同じ時間に家を出る。
あまり眠れなかったせいで、駅のホームに着いたとたんに、あくびが止まらない。
河内くんとは同じクラスだけど、学校では知らないふりをすると決めたんだし、

放課後までふたりきりになることはないから、それくらいまでには、気持ちが落ち着けばいいんだけど。
電光掲示板を見上げる。

電車が来るには、まだ少し余裕がある。
ホームにあるベンチに腰をおろして、ひと息つく。
葉山 日菜
葉山 日菜
(やっぱり眠い……)
葉山 日菜
葉山 日菜
ふあ……
河内 恭介
河内 恭介
でっかいあくび
葉山 日菜
葉山 日菜
!?
右耳のすぐそばで囁かれた声に、反射で振り向く。
河内くんが、私の真後ろから、ベンチの背もたれに手をついて、体を乗り出して顔を覗いていた。
葉山 日菜
葉山 日菜
か、河内くん!?
河内 恭介
河内 恭介
おはよ
河内 恭介
河内 恭介
昨日、寝てないの?
葉山 日菜
葉山 日菜
え、あの、なんで……っ、知らないふりは?
河内 恭介
河内 恭介
あれ? 駅ではいいんでしょ
葉山 日菜
葉山 日菜
(放課後だけじゃなかったんだ)
完全に油断していた。
葉山 日菜
葉山 日菜
あ、朝でもするの? 少女漫画みたいな体験っていうのは
河内 恭介
河内 恭介
え? 俺、なんかした?
葉山 日菜
葉山 日菜
(無自覚……)
ため息をつく。
葉山 日菜
葉山 日菜
(まだ耳に吐息が……)
本人は意図したことではなかったらしいけれど、ドキドキしてしまったことは事実だから、これもノートの最後のページに書き加えておこう。
葉山 日菜
葉山 日菜
(そういえば、なんで河内くんは声をかけたんだろう)
葉山 日菜
葉山 日菜
(……あ)
葉山 日菜
葉山 日菜
ごめんね。あの漫画、昨日から全然進んでないの
河内 恭介
河内 恭介
うん?
寝耳に水、といった表情に、私の方が首をかしげてしまう。
葉山 日菜
葉山 日菜
漫画の続きを読みたいから、朝から声をかけたんじゃないの?
河内 恭介
河内 恭介
違うよ。葉山を見つけたから、話したかっただけ
河内 恭介
河内 恭介
まあ、続きも待ってるけどな
駅員
3番線に、間もなく、上り列車がまいります
はにかむように笑った河内くんは、駅ホームのアナウンスを聞いて、電車がやってくる方に目をやった。
河内 恭介
河内 恭介
もうすぐ電車来るよ
そして、ベンチの後ろから、私の前に回り込んで、手を差し伸べた。
葉山 日菜
葉山 日菜
(計算? 無自覚? どっちだろう)
胸の高鳴りを気づかれませんようにと願いながら、私はその手を取った。

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