ハラハラしながら、河内くんの後ろをついて行く。
どこかに到着するまで、ノートの交換をするつもりはないらしい。
*
一瞬で脳裏を過ぎるのは、小学生時代の自分。
クラスメイトの男子にノートを取り上げられて、たらい回しにされ、泣いている自分。
あの子は、しばらくして親の転勤で転校していったけれど、
一度負った心の深い傷は、治ることがなかった。
*
河内くんの足が向かうのは、屋上へと続く階段。
そこまで考えて、頭をブンブンと振る。
河内くんが、屋上の扉を開ける。
強く風が吹き抜けて、髪の毛を横一直線に揺らした。
屋上には、他に誰もいない。
ビクッと体が強張る。
スッと差し出されたのは、B5サイズの大学ノート。
私が今持っているものと、同じデザインの……。
今までの生活が、ガラガラと崩れていくような音が、そのイメージと共に、脳内で響いている。
ぎゅっとかたく目を閉じて、差し出されたノートをつかむ。
思いつく限り、最悪の想像をした。
だけど。
思いもよらない言葉に、まぶたをそっと開く。
目の前にいるのは、羨望と喜びが合わさったような、キラキラした笑顔。
ノートの中身。
それは、私が自分で描いている少女漫画。
昔から大好きだった、私だけの妄想の世界。
小学生の頃に、ひとりの男子にバカにされたことをきっかけに、これは誰にも言えない秘密になっていた。
これは、人に見せるものじゃない。
私がひとりで吐き出して終わるだけの、密かな行為だったのに。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。