あまり目立つと逃げおおせる可能性もある。そう判断した中也は、単独で向かうことにした。向かうことにしたが、一人だと何かと不都合なこともある。だからといって戦闘目的でもないのに芥川を借り出すわけにはいかなかった。
故、彼の部下である樋口を連れてきた次第である。
すると、それが合図だったかのように一つの黒い影がぬうっと倉庫の影から出てきた。
それはガチャガチャと動き何か旗のようなもの壁に立てかけ、ずるっと椅子を出してそこに座った。
間違いない……。と、次の瞬間だった。
まるで虫けらみたいに、わっとどこからか人が溢れた。皆同じような格好だが、長いのから短いのまで沢山いる。全員がこれ以上ないと言うぐらい痩せ細って生命力を失っている……つまり、貧民街の人間に違いなかった。
その声を起爆剤に樋口は天井に向かって銃声を放った。爆発音が倉庫内に轟き、その場にいた全員が震撼する。
両手に拳銃を持ち、それぞれの頭にかざしながら言った。生に執着する彼らは殺されると思ったに違いない、声にならない声をあげてまたあっという間にその場から姿を一人残らず消した。
人が塵のように動き回る様を唖然と見ていたその人だかりの中の人間は一言、「はあ?」と言った。
中也も樋口も思わず声をあげそうになる。なんてったって、その命が抜けたような声を出したのは街で普通に見かけるような女児(と言うには年齢を重ねすぎている)だったからだ。
女子高生ほどの年齢じゃないだろうか……?
それこそ薬物をやってるんじゃないのかというような話具合で少女はのらーりくらりと喋り出した。
少女は突然そんなことを言い出した。あんまりに突然で、流石の中也も目を見張る。それと同時に、コイツは気が触れてるんじゃないかとも思った。
マフィアの口からこんな言葉を出すとは、と中也は思った。
中也は、コイツは本当に薬物でもやってるんじゃないかと確信に近く思いだした。だが、勘違いの意味がわからない、ペースに呑み込まれる。
全く容量を得ない話に、中也も樋口も頭をもたげた。
その時、樋口と中也ははっと意識を取り戻した。理性が上から降りる。これはマズイ。この女________
樋口も思わずその場から退く。反射的に向けた銃口は、樋口の意を介さず微かに震えている。
李都の話はのらりくらりスローペースなだけではなくて、妙に長ったらしいもので、聞いている側は頭がなんだか痛くなるような気がするのであった。もっと言うと、なんだか痛くなるでは済まされないような……そんな気さえ。
現に、その場にいた二人はその態度と雰囲気に危うく毒されるところであった。
ケタケタと笑って李都は両手をコートのポケットに突っ込んだ。
中也は悪寒と一緒に居心地の悪さが後ろで手招きしているのが見えた。
中也は樋口に目配せをして、考えるような素振りを見せた。自我もあるようだし、聞き分けも悪くない、精神操作の異能者とはいえ自分が手の余るほどの力は無さそうだ。悪くはないが____
李都は作り物みたいな歓声をあげると、樋口の頭にグッと手を伸ばしてソラッと声を出した。
一瞬戦闘態勢に切り替わる。が……
酸素の少ない空間に、調子の外れた笑い声がこだまする。夜は深みを増していった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。