第14話

14話
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2023/09/17 01:00
 長い廊下をガラガラと音を響かせながら椅子を押して走った。走った。走った。走った……。
ミコト
ミコト
(おかしい!)
 すぐに気づいた。廊下が長い! 長すぎる!
右側はオフィスのドアが並ぶ。左側はクロス張りのそっけない壁。
 エレベーターから下りてこの部屋まで、こんなに長くなかった。わたしは椅子を止め、手近なドアを叩いた。
ミコト
ミコト
開けて! 開けて!
 だが誰も出てこない。次のドアも、その次のドアも、誰も出てこないし、ドアノブを掴んでも回りもしなかった。
ミコト
ミコト
どうなってるの……
 再び椅子を押して走り出すと目の前にさっきの男が立っていた。その背後にあるのは窓ではなくドア。
 どういうこと? 逆の突き当たりは窓だったはず。戻った? そんなバカな!? まっすぐ走っていたはず。
見知らぬ男
見知らぬ男
ここは吾輩の結界の中である
 男が言った。白い顔のところどころが火膨れを起こしたように赤くなっている。
見知らぬ男
見知らぬ男
先程はよくもあんなものを……
ミコト
ミコト
くらえっ!
 もう一度わたしはスプレーを突き出した。遠慮なんかしない、わたしは冬堂さんを守るんだ。
 だが、一瞬で男の姿が目の前から消えた。と、思ったら背後にいて、スプレーを持った右手を掴まれる。
ミコト
ミコト
……っいた……っ!
 男の手がぎりぎりとわたしの手首をしめつけ、その痛みにスプレーを取り落とす。床に落ちたそれを男の足が遠くに蹴飛ばした。
見知らぬ男
見知らぬ男
にんにく入りとはな……。なんという武器を持っておるのだ
ミコト
ミコト
離せ! 誰か! 誰か助けて!
 叫んでも声は長い廊下に吸い込まれてゆくだけだ。
見知らぬ男
見知らぬ男
冬堂を押さえておけばタクミが来ると思ったのであるが……
 タクミ!? こいつの狙いって――タクミなの!?
ミコト
ミコト
あ、あんた何者なの! なんでタクミを
 わたしは必死に体をねじって男の顔を睨みつけた。
見知らぬ男
見知らぬ男
人間ごときに教える筋合いはないのである
 この言い方……そしてニンニク入りのスプレーにあれだけダメージを受けていたってことは。
ミコト
ミコト
あんた……まさか吸血鬼……
英国紳士風の吸血鬼
英国紳士風の吸血鬼
ほう。知っておるのか
 男は――古風な言い回しをする英国紳士風の吸血鬼はわたしの腕を放し、廊下に突き飛ばした。
ミコト
ミコト
……っ
 わたしは身をよじって相手を床から見上げた。吸血鬼は冬堂さんの椅子の背もたれを掴んでいる。
ミコト
ミコト
冬堂さんから離れて!
 わたしは精一杯怒鳴ったが、相手は冬堂さんのあごを片手で掴み、大事そうに撫でた。
英国紳士風の吸血鬼
英国紳士風の吸血鬼
こやつは餌である。タクミを呼び寄せるためのな
ミコト
ミコト
タクミは……っ
 タクミは来ない。仕事を優先した。だが今となってはタクミの判断に感謝する。
ミコト
ミコト
タクミは来ないわよ!
英国紳士風の吸血鬼
英国紳士風の吸血鬼
さてどうであるかな
 吸血鬼は冬堂さんのあごを掴んだまま仰向かせ、首筋に顔を近づけた。
英国紳士風の吸血鬼
英国紳士風の吸血鬼
来なければこいつは吾輩の餌にするのである。言葉通りのな
ミコト
ミコト
な……
英国紳士風の吸血鬼
英国紳士風の吸血鬼
遠慮なく吸わせてもらえばすぐに枯れて死んでしまうだろう
 吸血鬼はにやりと白い歯を見せた。タクミもそうだが長い牙などないのだ。噛む必要もない。唇をつけるだけで血液が、正確には血液の中の気が、彼らの中に流れ込む。
ミコト
ミコト
やめて! 冬堂さんにさわるな!
 わたしは身を起こし、冬堂さんに駆け寄ろうとした。だが、吸血鬼は冬堂さんの椅子をくるりと後ろに回し、わたしの前に立ちふさがる。
英国紳士風の吸血鬼
英国紳士風の吸血鬼
うるさいネズミであるな
 吸血鬼の手がわたしの胸元を掴んだ。
英国紳士風の吸血鬼
英国紳士風の吸血鬼
今ここでおまえから枯らしてもいいのだぞ
 わたしは服を掴んでいる男の手を両手で握り、引きはがそうとした。だが、びくともしない。
ミコト
ミコト
ど、どうしてタクミを狙うのよ! 同じ吸血鬼じゃない!
英国紳士風の吸血鬼
英国紳士風の吸血鬼
同じ吸血鬼だからである
 男はいらだたしげに言ってわたしをひきずりあげた。つま先がぎりぎり床についている。なんて力だろう。
 男はわたしにぐっと顔を寄せた。
英国紳士風の吸血鬼
英国紳士風の吸血鬼
吸血鬼は目立たずひっそりと生きてゆかねばならんのだ。だがあいつはその掟を破り、芸能界――アイドルなどになって顔を売っておる。あいつの軽率な行動で吾輩らが危機に陥るのは防がねばならんのだ!
ミコト
ミコト
掟……
 隠れて生きてきた、とタクミは言った。少しだけ人の記憶にも残ってみたかったんだ、と。それはこういう「掟」などがあるせいだったのか。
ミコト
ミコト
い、いいじゃないの! タクミだってそんな長い間アイドルやるつもりじゃないわ、一回くらい好きなことさせてあげてよ!
英国紳士風の吸血鬼
英国紳士風の吸血鬼
だめだ! 秩序が乱れるのだ! 前は逃げられたが、今度は絶対に郷に連れて帰るのだ
 男はにやりと口元を歪めた。端正な顔なのに、そうするといきなり獣じみた表情になる。
ミコト
ミコト
前って……クリスマス・イブにタクミを襲ったのはあんたたちなの!?
英国紳士風の吸血鬼
英国紳士風の吸血鬼
知っておったか。動けなくなるほどに血を奪ってやったはずなのである。さすがにプラチナ・ブラッドというところであるな
ミコト
ミコト
プラチナ・ブラッド……?
 それがなんだか知らないけど、タクミはそれで追い詰められわたしの血なんかを吸うはめになったのだ。
英国紳士風の吸血鬼
英国紳士風の吸血鬼
おしゃべりはここまでにしておくのである。タクミがくる前におまえをアミューズ代わりにいただくのである
 吸血鬼の顔が近づいてくる。わたしは手をめちゃくちゃに振り回し、足も使って抵抗した。だが、相手はさっきと違って鋼鉄製かと思うくらい、びくともしない。
ミコト
ミコト
やめて! 離して! 離せ!
 ああ、わたしはなんて非力なんだ。こいつの手をふりほどくことも、冬堂さんを助けることもできないなんて。
 タクミ! タクミ! ごめん、わたしはあんたの輸血パックだっていうのに、こんなやつに吸われるなんて――!
タクミ
タクミ
ミコトを離せ!
 突然、真うしろでタクミの怒号が響いた。

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