「深春…」
部室に向かう途中、そんな声が聞こえた。
今日も塾でいないはずの、愛鈴の声が。
ひどく寂しい声だった。
私はこの声を聞いた事がある。
愛鈴は一度だけ、家に帰りたくないって言ったことがあった。
その日私は時間を潰すために、
家から音楽プレーヤーを持ってきて、
音楽を聴きながら町をひたすら歩いた。
私はいつまでも歩いてよかったけど、
愛鈴は親怖かったのか、
もう帰ろうって、そう言った。
その日、愛鈴と私の家の分かれ道で、
愛鈴は寂しそうな声で私の名前を呼んだ。
「せ、先輩………!愛鈴先輩がっ」
「……?愛鈴がどうかしたの?」
「と、飛び降りたって………」
「え?」
駆けつけた頃には、
愛鈴の形をしているそれは、
先生達の手によって見えなかった。
そんなに、家庭環境が辛かったの?
勉強大変だったの?
その瞬間、ナイフが刺さるような
そんな苦しい痛みがした。
漂う血の匂い。
愛鈴は死んだ。
あっという間に葬式が終わり、
制服のまま、私は家のベランダから夜空を見つめた。
一体、愛鈴の心には何本のナイフが刺さってたのだろうか。
この抜けないナイフを。
きっと抜いたら、痛くて…血液が落ちるのだろう。
痛すぎて、死んだ方がましだと思ったの?
今になって出てくる私の涙は、
私の傷口を染みさせた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。