第11話

いつでも椿先生はそうだった


 いつもの私なら、妄想にふけっていたと思う。

 授業の日でもなく、特別、会う約束をしたわけでもない。それなのに、学校の前で椿つばき先生が私を待ってくれていたなんて、めったにない幸せなことだ。


 けど、実際は妄想する余裕よゆうもないほど複雑ふくざつ心境しんきょうだった。

 
月島旦陽
月島旦陽
(なんで椿先生がここに!? 怒ってるはずだよね!? うぅん、そんなこと関係ない。謝らなきゃ! けど、先生から会いにきたなら先に話を聞くべき!?)


 考えるべきことがどんどん浮かぶけど、どれも答えなんてわからない。心の準備なんて全くできていない私は、椿先生を前にして言葉を口にすることができなかった。


 そうして戸惑い俯いている私の頬に、椿先生の温かい手が触れた。

月島旦陽
月島旦陽
え!? ……つ、椿……先生?


 椿先生の手によって、ゆっくりと顔を上げられ、視線が重なる。

椿湊詞
椿湊詞
やっぱり、顔色悪いな
月島旦陽
月島旦陽
え?
椿湊詞
椿湊詞
ちゃんとご飯食べてないんだって?
月島旦陽
月島旦陽
な、なんで
椿湊詞
椿湊詞
旦陽のお母さんから相談された。最近様子がおかしいって
月島旦陽
月島旦陽
ご、ごめん、なさい
椿湊詞
椿湊詞
ん?
別に俺が勝手に心配してきただけだから、謝ることは――
月島旦陽
月島旦陽
(やっぱりそうだ、椿先生は……いつもこうやって私のことを気にかけてくれて、心配してくれて……)
月島旦陽
月島旦陽
ごめんなさい……


 ちゃんと今までのことを謝らないといけないのに、視界がぼやけ、目から涙こぼれた。

月島旦陽
月島旦陽
ごめん、なさい。……わた……し、自分の……こと、ばっかり


 こんな私を気遣ってくれる椿先生の優しさに、そして、そんな椿先生に対してしてしまったことへの後悔を考えると涙が止まらない。

 やり直すことなんてできなくて、失ってしまった信用もどう戻せばいいかわからない。いくら謝っても椿先生を傷つけてしまったことは変わらない。

 謝っても謝っても、謝りきれない。



 椿先生は私の涙を見てため息をついたが、親指の腹で目元の雫を拭ってくれた。

椿湊詞
椿湊詞
はいはい、泣きやんでから話しな。ちゃんと聞いてあげるから
月島旦陽
月島旦陽
ごめん、なさ……
椿湊詞
椿湊詞
あー、はいはい。
それより、学校の前でそんな泣いちゃっていいの? 優等生ちゃん


 そう言われて周りを見渡すと、皆が信じられないものを見ているような目で驚愕していた。

女子生徒1
え、あれ月島さんじゃない?
すごい泣いてる?
女子生徒2
うそ!? あの月島さんが?
そういえば、最近なんか変だったよね
椿湊詞
椿湊詞
こういう良くないはうわさすぐ広がるんだよなぁ
月島旦陽
月島旦陽
別に、いい。
今までが、……嘘の優等生だったから。
私がなりたいのは、椿先生に見合う彼女だし
椿湊詞
椿湊詞
……そぅ。
まぁ、まだ謝るときに涙ボロボロこぼすようなおこちゃまだけど
月島旦陽
月島旦陽
もうっ! そうやって……
椿湊詞
椿湊詞
ほら、これ以上人が集まる前に帰るよ
月島旦陽
月島旦陽
はい!


 椿先生は自然に手を繋ぎ、まだ目元に涙が残っている私を引いて歩いてくれた。
 大学を考え直せと言われたときは先生の背中がとても遠く感じたけど、今は優しく支えてくれている様に見える。


 駅前に着くと、私があまり食べていなかったのを気遣ってか、定食屋さんで晩御飯を食べながらゆっくり話すことになった。

椿湊詞
椿湊詞
無理しなくていいけど、ここの定食は美味しいから食べてみな


 優しそうな定食屋のおばあさんは椿先生の言葉を聞いて、嬉しそうに笑顔で生姜焼き定食を運んでくれた。

定食屋のおばあちゃん
もぅ~、久しぶりにきたと思ったらこんな可愛い女の子なんて連れてきてねぇ
椿湊詞
椿湊詞
なっ、おばさん勘違いしないでよ? 家庭教師のバイトをしてて、この子はただの生徒
定食屋のおばあちゃん
あら、じゃあお嬢さん、もしかして受験生なのね
月島旦陽
月島旦陽
え? は、はい
定食屋のおばあちゃん
やっぱりぃ、椿くんも大学受験の時によくここへ来てたのよ~。
ストレスでご飯が食べれなくなっちゃうのか、いつも来るときは頬がこけちゃっててねぇ
椿湊詞
椿湊詞
おばさん、もういいから
定食屋のおばあちゃん
あらぁ、余計なこと言っちゃったかしらねぇ。
じゃあ、ごゆっくりぃ~
月島旦陽
月島旦陽
ふふ、ここは、椿先生のいこいの場所なんですね
椿湊詞
椿湊詞
……まぁそんなところ。
いいから、早く食べな


 椿先生は照れくさいのを隠すようにはしを持って手を合わせた。私もそれにならって箸を持ち、両手を合わせる。

椿湊詞
椿湊詞
いただきます
月島旦陽
月島旦陽
いただきます


 食欲をそそる匂いに誘われ一口食べてみると、薄すぎず濃すぎない醤油しょうゆの香ばしい味が口の中に広がった。それと同時に、椿先生やおばあさんの優しさで胸がいっぱいになる。

月島旦陽
月島旦陽
私、ちゃんと気づきました。
大学は学びに行く場所だって。
私の志望理由はふざけすぎてましたよね……
椿湊詞
椿湊詞
……気づけたなら、いいんじゃない?
月島旦陽
月島旦陽
ごめんなさい。
私のためだっていうのも知らずに、信用を失うようなことや傷つけてしまうことをして……、本当にごめんなさい
椿湊詞
椿湊詞
ま、旦陽は前から恋に盲目だからね。そんなのずっとわかってたし、今更なんとも思わないよ。
けど、俺じゃなかったらあれは確実に信用を失うから、少しずつ変えてけば?
月島旦陽
月島旦陽
はい
椿湊詞
椿湊詞
あと、大学のことは俺も追い込むような方法をとっちゃったから、ごめんね。
ただ、人から指摘されるより、自分で気づいた方が改善ってしやすいと俺は思うんだよね。
旦陽はちゃんと考えて気づけたからいいんじゃない。遅かったけど
月島旦陽
月島旦陽
は、はい


 椿先生の話を聞きながらご飯を食べ終えて箸を置くと、奥からまたおばあさんが出てきてバニラアイスが盛られた透明の小皿が目の前に置かれる。

定食屋のおばあちゃん
はーい、難しいお話は終わりにしましょ。
デザートどうぞ
月島旦陽
月島旦陽
ありがとうございます!
椿湊詞
椿湊詞
はぁ、まぁいっか。
これ食べおわったら帰ろうね
月島旦陽
月島旦陽
はーい!
……ねぇ、椿先生?
椿湊詞
椿湊詞
ん、なに?
月島旦陽
月島旦陽
ありがとう!


 そう言うと、椿先生はアイスを食べながら素っ気なく「ん」とだけ答えた。

 そんないつも通りの素っ気なさに、「またか」なんて思いいつつも私は少し笑みがこぼれてしまった。