嘘の学校見学から2日後、椿先生が授業に来てくれる日がきた。
私は学校から帰ってきたのに制服から着替えず、重たい体をベッドになげうっていた。
帰宅してすぐのお風呂も、部屋の掃除も、先生に出すお茶の準備も、全部やる気が出ない。
あの日からずっと考えている。
椿先生と出会ってもう5年が経つけど、私は先生のことを知っているつもりで何もわかっていなかった。
椿先生に好かれたくて、少しでも追いつきたくて勉強を頑張ってきたけど、そんなのちがう。
勉強ができたって、不安を拭うためだけに信用を失うようなことしてしまう私みたいな馬鹿、嫌われるに決まってる。
私が勉強を頑張って学校で優等生を演じている間に、きっと、高崎さんは椿先生と仲良くなる努力をしていたんだ。そんな高崎さんが椿先生と親しそうに見えるのなんて当たり前。
ふと時計を見れば、もう5時を回っていた。授業まであと1時間。
準備を始めるために起き上がると、机の上に置いていた模試の封筒が目に入る。
頑張ってA判定を取ったのも、今では無駄に感じる。
私は無意識にそれを手に取り、ゴミ箱へと落とした。
同時に、部屋のドアがノックされた。
コンッ
コンッ
まだ来るはずもない椿先生の声がドアの先から聞こえ、私は咄嗟にまた時計を見た。しかし、先ほどと変わらず短い針は5時を指している。
私の声に応じてドアは開けられ、椿先生が部屋に入ってくる。
椿先生は、私の制服姿を見るとまたドアノブに手をかけた。
そう止めて、私は壁際に片付けてあった先生用の椅子を机の前に用意した。
私がまたベッドに座ると、椿先生は私に向き合うように椅子に座る。
怒っているような雰囲気ではない。しかし、授業前にわざわざ時間を作ってきてくれるのは、私がたまにする相談ごと以外でははじめてのことだった。
あの日のことに違いない。緊張のあまり、手には、じわっ、と気持ち悪い汗が滲んだ。
椿先生は呆れながらも、納得したようにそう尋ねてきた。
今更だけど、自分でも口にしていておかしなことを言っていると思う。
けど、椿先生のことになると頭がうまく回らなくて、幸せなこともいっぱいあるけど、それ以上の不安がいつも頭によぎる。
不安に負けて、私は椿先生を傷つけてしまった。
それを理解して、先程とは比べ物にならないほどの後悔が、私の中で渦巻いた。
この日の授業は、今までにないほど居心地が悪く、早く終わってほしいと願わずにはいられなかった。
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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。