第9話

勉強は恋愛の役にたったりしない


 うその学校見学から2日後、椿つばき先生が授業に来てくれる日がきた。



 私は学校から帰ってきたのに制服から着替えず、重たい体をベッドになげうっていた。

 帰宅してすぐのお風呂も、部屋の掃除そうじも、先生に出すお茶の準備も、全部やる気が出ない。

月島旦陽
月島旦陽
(なんか体が重いなぁ)


 あの日からずっと考えている。


 椿先生と出会ってもう5年が経つけど、私は先生のことを知っているつもりで何もわかっていなかった。


 椿先生に好かれたくて、少しでも追いつきたくて勉強を頑張がんばってきたけど、そんなのちがう。

 勉強ができたって、不安をぬぐうためだけに信用を失うようなことしてしまう私みたいな馬鹿ばか、嫌われるに決まってる。

 私が勉強を頑張って学校で優等生を演じている間に、きっと、高崎たかさきさんは椿先生と仲良くなる努力をしていたんだ。そんな高崎さんが椿先生と親しそうに見えるのなんて当たり前。

月島旦陽
月島旦陽
(本当に私って変わらない。中学の時からずっと、顔がいいだけの馬鹿なままだ)


 ふと時計を見れば、もう5時を回っていた。授業まであと1時間。

 準備を始めるために起き上がると、机の上に置いていた模試の封筒が目に入る。

 頑張ってA判定を取ったのも、今では無駄に感じる。

 私は無意識にそれを手に取り、ゴミ箱へと落とした。



 同時に、部屋のドアがノックされた。



      コンッ

         コンッ


椿湊詞
椿湊詞
旦陽、入っていい?
月島旦陽
月島旦陽
え、椿先生!?
ど、どうぞ……


 まだ来るはずもない椿先生の声がドアの先から聞こえ、私は咄嗟とっさにまた時計を見た。しかし、先ほどと変わらず短い針は5時を指している。

 私の声に応じてドアは開けられ、椿先生が部屋に入ってくる。

月島旦陽
月島旦陽
ごめんなさい、インターホン気づかなくて……
椿湊詞
椿湊詞
ん、別にお母さんが入れてくれたよ。
それより、勉強の前に話したくて早く来たんだけど……


 椿先生は、私の制服姿を見るとまたドアノブに手をかけた。

椿湊詞
椿湊詞
ごめん、早かったな。部屋の前で待ってるから、声かけて
月島旦陽
月島旦陽
あ、大丈夫!!
今日は、このままで


 そう止めて、私は壁際に片付けてあった先生用の椅子を机の前に用意した。

椿湊詞
椿湊詞
悪いな。
そのままベッドに座ってていいよ。
授業じゃないし
月島旦陽
月島旦陽
え、う、うん


 私がまたベッドに座ると、椿先生は私に向き合うように椅子に座る。


 怒っているような雰囲気ではない。しかし、授業前にわざわざ時間を作ってきてくれるのは、私がたまにする相談ごと以外でははじめてのことだった。

 あの日のことに違いない。緊張のあまり、手には、じわっ、と気持ち悪い汗が滲んだ。

椿湊詞
椿湊詞
じゃあ、さっそくだけど、この前のことな。
なんで、大学に来てたの?
月島旦陽
月島旦陽
……それは
椿湊詞
椿湊詞
言いづらいよな?
俺と高崎が付き合ってるなんて妄想をして不安で確かめにきたんだから
月島旦陽
月島旦陽
……はい、ごめんなさい
椿湊詞
椿湊詞
そのこと自体は、まぁいいよ。
ただ、そんなことやってる場合じゃないよな?
俺が言ったこと覚えてる?
月島旦陽
月島旦陽
え、……えっと
椿湊詞
椿湊詞
大学。
考え直せっ言ったよな?
月島旦陽
月島旦陽
う、うん。
けど、今まで椿先生そんなこと言わなかったのに、急になんでだろう……って
椿湊詞
椿湊詞
……それで?
月島旦陽
月島旦陽
彼女が出来て、……私が同じ大学に来たら邪魔、だからかなっ……て
椿湊詞
椿湊詞
あー、もしかして、それで高崎を彼女だと思ってたってこと?
月島旦陽
月島旦陽
……うん


 椿先生は呆れながらも、納得したようにそう尋ねてきた。

 今更だけど、自分でも口にしていておかしなことを言っていると思う。



 けど、椿先生のことになると頭がうまく回らなくて、幸せなこともいっぱいあるけど、それ以上の不安がいつも頭によぎる。

椿湊詞
椿湊詞
はぁ……
月島旦陽
月島旦陽
ごめんなさい。
大学、ちゃんと考え直すから……
椿湊詞
椿湊詞
はっきり言って、俺がそんなことで考え直せって言うような奴だと思われてたのがショックだよ
月島旦陽
月島旦陽
あ……、ごめん、なさい


 不安に負けて、私は椿先生を傷つけてしまった。

 それを理解して、先程とは比べ物にならないほどの後悔が、私の中で渦巻うずまいた。

椿湊詞
椿湊詞
まぁ、いいよ。
授業始めようか
月島旦陽
月島旦陽
……はい


 この日の授業は、今までにないほど居心地いごこちが悪く、早く終わってほしいと願わずにはいられなかった。