第10話

実は簡単なことで


 「はっきり言って、俺がそんなことで考え直せって言うような奴だと思われてたのがショックだよ」

 椿先生のあの言葉が、ずっと頭の中で流れ続けて止まない。

 「あんなこと言わなければよかった」とか、「なんでもっと冷静に考えられなかったんだろう」とか、後悔ばかりで何も進まない。

先生
……で、ここは括弧内かっこないの数字を代入すると


 先生の声とチョークの音が教室中にひびく中、私のノートは開いたときと変わらず真っ白なままだった。

月島旦陽
月島旦陽
(……ちゃんと授業に集中しなきゃ)
先生
じゃあ、この問題を……月島さん!
月島旦陽
月島旦陽
え、……は、はい!
先生
この問題解いてくれる?


 黒板に書かれていたのは、椿先生の授業で予習したものだった。

 けど……。
月島旦陽
月島旦陽
すみません、聞いていませんでした


 椿先生の授業中、気まずさでちゃんと聞けていなかった私は、その問題の解き方がわからなかった。

先生
え!? ……あっ、えっとぉ、じゃあ河野さんいい?
河野聡子
……はい


 いつも優等生の私がそんな言葉を言うのは予想外だったようで、先生だけではなく教室中がざわめいた。

 しかし、そんなざわめきはすぐに止み、またみんなで黒板に書かれていく文字を目で追い、ノートに写していく。

 もう進路も決まり、3年生はみんなピリピリとした空気に包まれ始めていた。



 こんな時期なのに、椿先生が進路変更を提案したのはなぜか、いくら考えてもわからなかった。






 授業に集中できないまま終礼が鳴り、私は使いもしなかった教科書を机にしまう。

 すると、さとちゃんが心配そうに私の元へとやってきた。

河野聡子
旦陽、まだ調子が悪いのね
月島旦陽
月島旦陽
そんなことないよ。大丈夫!
河野聡子
けど、今日も顔色が悪いわ。ずっと食欲がないままなの?
月島旦陽
月島旦陽
少しだけね。けど、食べてるから本当に大丈夫だよ
河野聡子
もう、無理しないでよ
月島旦陽
月島旦陽
うん! ……さとちゃんは、進路もう決まってるよね?
河野聡子
もちろん。どうしたの? 旦陽だって猫野大学で決まってるでしょ
月島旦陽
月島旦陽
うーん、変えようかなって思ってて
河野聡子
そう、なにか他の大学で学びたいことでもできたの?


 そのさとちゃんの質問に、私は目から鱗が落ちた。

 猫野大学を選んだのは、今年で椿先生の家庭教師が終わってしまうから、同じ大学に行って一緒にいられるようにするため。進路変更は椿先生に言われたから、ただそれだけ。

月島旦陽
月島旦陽
(私、何かを学びたいって理由で大学なんて選んでない!)
月島旦陽
月島旦陽
(そっか、椿先生は私がやりたいことを尊重してくれてたんだ!! そうだよね、椿先生っていつもそうだもん! 言葉きついけど!!)
月島旦陽
月島旦陽
(なんでこんな簡単な理由がわからなかったの? 本当に私、良い意味でも悪い意味でも椿先生のことしか見えてないよ!)


 私が頭を抱えながら言葉にならないうめき声を上げていると、さとちゃんが先程よりも心配そうに声をかけてきた。

河野聡子
あ、旦陽? 本当に悩み事があるなら聞くからね?
あの、皆見てるわよ


 学校であることも忘れて取り乱していると、またも、私は皆の注目の的になっていた。

 すぐに背筋を伸ばして笑顔を取り繕うが、いつも通りとは言えない猫かぶり。さすがのさとちゃんも苦笑を隠せないでいた。

月島旦陽
月島旦陽
もう、大丈夫。本当に。……ありがとう、さとちゃん
河野聡子
え? えぇ、別にいいんだけど、あんまり一人で抱え込んじゃダメよ
月島旦陽
月島旦陽
うん!


 けど、理由が分かったからこそ、今までの失態が心苦しい。

 どんな顔をして椿先生に会えばいいのだろう。



 私のためを思って言ってくれた言葉を疑い、あんなにも迷惑をかけてしまった。



 顔向けできないという気持ち半分、早く謝りに行きたい気持ち半分。

月島旦陽
月島旦陽
(もう、いっそ今日連絡を入れて会いに行くとかっ! やー、けど、ダメ! 申し訳なさとか、色々! 本当に色々ムリ!!)


 結局、今日の授業は集中できないまま学校が終わってしまった。


 どうすればいいのか悶々もんもんと考えながら校門を出ようとすると……。
???
旦陽
月島旦陽
月島旦陽
え?


 呼ばれた方を振り返ると、そこには今一番会いたいようで会いたくない椿先生が立っていた。

椿湊詞
椿湊詞
学校お疲れ