第8話

ナンパはお断り!


 猫野ねこの大学には綺麗きれい施設しせつと楽しそうな大学生活が広がっていた。

 ただ、そこにいたのは私の知らない椿つばき先生で、心の距離は遠のくばかりだった。



 椿先生は食事を終えると没収された勉強道具をじゅんさんから取り返し、また黙々もくもくと勉強を始める。

 その隣では高崎たかさきさんが嬉しそうに椿先生の腕にまつわり付き、それを淳さんが注意して邪険じゃけんにされている。

 きっと彼らにとってはいつも通りの光景だろうけど、私には見たくないほど辛いものだった。

月島旦陽
月島旦陽
(もう、帰ろうかな。これ以上ここにいても……ね)
男子生徒1
ねぇねぇ、君
月島旦陽
月島旦陽
え? あ、私ですか?


 いつの間にか隣には一人の男性が座っていた。頬杖ほおづえをつき、私の顔をのぞき込んで微笑んでいる。

男子生徒1
そうに決まってるじゃん!
可愛いね、一年生?
月島旦陽
月島旦陽
え、あぁ、ありがとうございます。
そう、ですね、一年です。
男子生徒1
暇そうにしてたけど、この後は授業?
それともだれか待ってた?
月島旦陽
月島旦陽
これから、帰るところです。少し疲れて、一息ついてただけなので
男子生徒1
そっか!
じゃあ、俺とどっか遊びに行かない?
月島旦陽
月島旦陽
……え?
男子生徒1
ん? だから、暇なら遊びに行こうよ
月島旦陽
月島旦陽
(もしかして! これナンパ!?)
男子生徒1
おーい、聞いてるー?
月島旦陽
月島旦陽
あ、えっと!
早く家に帰らないとで!


 そう言って私はその人の返答も待たずに席を立ち、足早に食堂を出るが、力強く手を掴まれてしまう。

男子生徒1
待って! 一目惚れなの、お願い!
月島旦陽
月島旦陽
ありがとうございます!
けど、私好きな人いるので!!


 掴まれた手は振りほどくこともできず、迫ってくるようなその人の勢いに、段々と恐怖が生まれてくる。

男子生徒1
え、けど、好きな人ってことは付き合ってないんでしょ?
俺のが絶対優しいよ!
ね? お願い、一緒に遊ぼうよ!


 怖いくらいにしつこいナンパ、そして、「俺のが絶対優しい」という言葉が頭にきて、私は自分のいる場所も忘れて声を荒げた。

月島旦陽
月島旦陽
あなたはどうせ私の顔しか見てませんよね!? 椿先生はダメな私でも見捨てずにいてくれた優しい人です!
外見で人を判断するようなあなたと比べないで!!
男子生徒1
はぁ? ちょっと意味わかんないけど、その椿先生って人も君の見た目が好きなだけだけかもよ?
ん? ていうか、椿?
月島旦陽
月島旦陽
椿先生はそんな人じゃっ!!!
椿湊詞
椿湊詞
はいはい、そこまで。
俺の連れにちょっかい出さないでくれる?


 颯爽さっそうと現れた椿先生は、ナンパの人の手を解くと私の肩に手を回して抱き寄せた。

 妄想の中かと疑ってしまうほどのタイミングとシチュエーションにおどろきつつも、私は椿先生のかっこよさにメロメロで怒りすらもおさまっていた。
月島旦陽
月島旦陽
椿せんせぇー!!!
椿湊詞
椿湊詞
本当にお前は危なっかしいなぁ
月島旦陽
月島旦陽
えへへ~
椿湊詞
椿湊詞
なんで喜ぶ?
めてないからな?
男子生徒1
はっ! 椿ってお前かよ。ホント、いつも空気読まないな


 ナンパの人は椿先生と知り合いだったようで、敵対心をむき出しにして噛みつくように言葉を吐いてくる。
男子生徒1
お前食堂にいたよな?
もっと早く止められたのに、今になって来るなんて騎士ナイト気取り? 気持ちわるっ
椿湊詞
椿湊詞
自衛できないとだめでしょ。無理そうなら助けようと思っただけだよ。
それと、お前が女に飢えてて危なそうだったから
男子生徒1
人を見下すようなことしか言えないこんな奴のどこがいいんだか!
君も見る目ないねぇ?
月島旦陽
月島旦陽
なっ!!
椿湊詞
椿湊詞
いいから、落ち着け


 その人は捨て台詞のようにそう残して、椿先生を鋭くにらみどこかへ行った。

 私は、ほっ、と息をついて安堵したが、また危機的状況に陥っていることに気付いた。

月島旦陽
月島旦陽
(内緒で大学に忍び込んだことが椿先生にバレてる!!)
椿湊詞
椿湊詞
で、気が済んだ?
月島旦陽
月島旦陽
え……
椿湊詞
椿湊詞
隠れて探って、信用失うようなことしてるって自覚してる?


 私を見る椿先生の目はとても冷めていて、今までの勉強で怒られた時とは全く違った。

月島旦陽
月島旦陽
っ……!!
月島旦陽
月島旦陽
なんで……、そんなこと、言うんですか
椿湊詞
椿湊詞
俺の言葉を信用しないで、自分のやりたいようにやってるからだよ
月島旦陽
月島旦陽
……


 何も言葉が思いつかなかった。

 ちがう、そうじゃない。否定したいのに、椿先生の言っていることに納得している自分がいる。

 図星をつかれて、ただ、悔しくて否定したいだけ……。

 けど、そうじゃない。私にも私の思いがあって……。

椿湊詞
椿湊詞
もう今日は帰りな。
また授業の日に話そう
月島旦陽
月島旦陽
……はい


 何も言い返せず、何も伝えられず、ただ、嫌われてしまったかもしれないという恐怖から、私は椿先生の言うとおり大人しく帰路についた。