《☆イニ☆side》
ただの客。
今までの人達と何ら変わらない。
なのにどうして、こんなにも切ないのだろうか。
…どうして、こんなにも心地良いのだろうか。
気を緩めれば勝手に涙が出てくるし、彼の顔を見ると余計泣きたくなる。
自分が小さく感じて、腹立たしくもなる。
久しぶりの優しさに触れて、全てを許したくなる。
コロコロと変わっていく、この忙しい感情。
何だろう、この感じ。
愛し、愛されたい。
封じ込めるように忘れていた、思い出してはいけない夢が蘇ってしまった気がした。
この際、誰でもいいのかもしれない。
此処を抜け出すことが出来るのなら、誰でも。
それがたまたま…テオくんだった、というだけで。
「…てっ、ぉく、っ…」
そう呼びながらテオくんの方を向くと、優しい目で此方を見つめていた。
途切れそうな呼吸の中、言いたいことが混乱してしまう。
俺が何も言わずに居ると、顔を首元に寄せて来た。
その舌が、鎖骨あたりの皮膚をちろ、と舐める。
少しだけ甘噛みされて、吸引される。
「ぅ…だ、めっ」
首あたりの接触は避ける。
これが店のルールだった。
だからもちろん所有印をつけることも許されない。
誤って番の契約を交わしてしまうかもしれないからだ。
なのに、
…なのに、
俺の身体は拒むばかりか、悦んでさえいる。
あんなに首筋を攻められることを嫌っていたのに。
殴られてでも、そこだけは守ってきたのに。
この店に捨てられてから、初めて。
首筋に、赤い花を咲かせてしまった。
もう、いっそそのまま、買ってくれればいいのに。
苦しい。
もうそれ以外望まないから。
悪いことは、しないから。
…もう、捨てられたく、ないよ。
どうか……、
俺を、買ってはくれないだろうか。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。