《テオくんside》
俺は居なかった。
彼奴の中に、
____彼奴の記憶の中に、俺は居なかった。
「どうぞお入りください」
昔から知っているその顔は、相も変わらず取り繕うような笑みを浮かべてそう言う。
遅すぎた。
迎えに来るのが。
…約束を、果たしに来るのが。
喜ぶはずだったのに。
遅せえよ馬鹿って、言われるはずだったのに。
彼奴が俺にかける言葉は、まるで他人に愛想を振りまくような薄い言葉で。
絶対にしないって決めてたのに。
迎えに来た時に伝え直すからって、
そう、約束したのに。
その約束を果たす前に、自分の欲に負けて。
彼奴の中に俺が居ないことを、良いことに。
俺にとっても、彼奴にとっても、何もが遅かった。
「…ごめん、本当に…ごめん」
割れ物に触れるかのように唇を重ねたのは、ただの俺の弱さによる逃げだった。
初めてなのかも、久しぶりなのかも覚えていない。
ただその甘すぎるキスに溺れるだけで。
薄らと目を開けると、涙を浮かべている彼奴の瞳と見つめあってしまう。
不意にバチッという感覚に襲われた。
突然香る独特な匂いは、間違いなく此奴のもので。
なかなか手が出せないのは昔からだった。
発情期の時は…特に。
それでも俺にかかるブレーキを外すのはいつも、紛れもない此奴で。
「…好き、だよ」
つるっと出てしまった一言に、無視して欲しいとさえ思ってしまった。
それでも彼奴は必ず返してくれるんだ。
昔から変わらず。
「…俺もっ、好きっ」
震える声から織り成されるそれに、複雑な笑みが零れてしまう。
そして俺は無責任に思う。
ねえ、やめてよ。
もうこれ以上、苦しませないで。
……これ以上、苦しまないで。
「…てっ、ぉく、っ…」
答えるように名前を呼んでくるから。
その白い首筋に、紅い花を咲かせてしまった。
こんな俺を、どうか許して欲しい。
…お願い、じんたん。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。