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第1話

大切な幼馴染み
23,740
2020/08/19 04:00
夏、真っ只中。


太陽が眩しいし、汗ばむし、地面からは跳ね返るような暑さを感じるけれど、心は解放感に浸っている。


夏休み前最後の登校日とあって、今日は午前中で終わり。
あなた

休みだー! 自由だー!


高校からの帰り道、私は空に向かって大きく叫んだ。


長閑のどかな田舎、周囲は山と海に囲まれた小さな村というのもあって、車はおろか、人通りすら少ない。


だから、叫ぶ私を変な目で見る人もいない。


ただ、隣や後ろでくすくすと笑う声や、呆れる声、賛同する声は聞こえた。
葛葉 白夜
葛葉 白夜
ふふっ。
あなた、毎年それ言ってる
大峰 惟月
大峰 惟月
あんたもう高二なんだからさ、ちょっとは落ち着きなよね
宝来 聖
宝来 聖
いいじゃん。
夏はクーラーつけっぱなしで寝放題だしさ~

三者三様に、彼らは言う。


私は彼らを振り返り、照れを誤魔化すように笑った。
あなた

みんなもう、休み中の予定は立てたの?


彼らは顔を見合わせ、首を横に振った。


これもいつものパターンで、夏はみんなでのんびり過ごすのが恒例になっている。


三人とも近所に住んでいて、生まれた時からずっと一緒にいる私の幼馴染みだ。
葛葉 白夜
葛葉 白夜
あっ、そうだ。
今年も、神社の手伝いってあるのかな?

同い年の白夜びゃくやくんは、ちょっと受け身で控えめなところはあるけれど、優しくて、頭も良い。
大峰 惟月
大峰 惟月
あなた、夏祈なつきさんにどうするのか聞いといてよ

ひとつ上の惟月いつき先輩は、普段から全然素直じゃないけど、なんだかんだみんなのことを気に掛けてくれる。
宝来 聖
宝来 聖
え~、また観光客の相手~?
パワースポットだかなんだか知らないけど、毎年よく飽きずに来るよね

ひとつ下のひじりくんは、普段から自由奔放でのんびりしているのに、本気を出すととても優秀な子。
あなた

あはは。
毎年手伝ってくれてありがとね。
お兄ちゃんはまだ何も言ってなかったから分かんないけど、多分今年もって言うんじゃないかな


私の兄・御堂みどう夏祈は、この村の観光名所である御堂神社の宮司ぐうじを務める。


兄も私も、代々神社を管理する御堂家の生まれだ。


両親をおよそ十年前に亡くし、その後兄は必死の思いで私を育てながら働き、神職の資格を取って神社を守り抜いた。


そのお礼と言ってはなんだけれども、夏休みには幼馴染みたちと一緒に、観光客で溢れる神社を手伝うのだ。


その幼馴染みには、この三人の他に、もうひとり――。
廣内 渉
廣内 渉
おまえら、今日終業式だったな。
乗せてやってもいいぞ
あなた

わたる兄ちゃん!


通りかかった一台の車が車道の端に停まり、下げられた窓から最後の幼馴染みが顔を出す。


彼は、このメンバーの中で、唯一成人している大学生。


偉そうにしていることも多い一方で、なぜか面倒見もいいというギャップがある。
大峰 惟月
大峰 惟月
うわ、ひとりだけ車持ってるからって、偉そうに……

惟月先輩がしかめ面をすると、渉兄ちゃんは作り笑顔を浮かべた。
廣内 渉
廣内 渉
よーし、惟月は置いていく
大峰 惟月
大峰 惟月
宝来 聖
宝来 聖
わーい! エアコン涼し~!
葛葉 白夜
葛葉 白夜
あ、あの……。
惟月くんも乗せてあげて

嬉々として先に乗り込む聖くんに続きながら、白夜くんが気遣わしげに言う。
廣内 渉
廣内 渉
白夜がそう言うなら仕方ねえな
大峰 惟月
大峰 惟月
はあ?

こんなやりとりは、日常茶飯事。


他愛のないじゃれ合いのひとつだ。


私は笑って、惟月先輩の背中を押した。
あなた

ほら、惟月先輩も乗るよ

大峰 惟月
大峰 惟月
ちょっ、押さないでよ。
乗ればいいんでしょ?
あなた

素直じゃないんだから


少し窮屈だけど、五人を乗せた車はゆっくりと発進した。


それから、この夏やりたいことについて、話に花が咲く。


いつまで、この五人で過ごす日々は続くのだろう。


いずれ私たちも大人になって、それぞれの道に進んでいくのだと思うと、少し切なくなる。


そんな感情を胸の奥にしまい込んで、私は家へと戻った。
あなた

あれっ? お兄ちゃんの靴がある……。
今日は仕事、もう切り上げたのかな


基本的に休みなく働く兄は、こうしてたまに早退してくることがある。


靴を脱ごうとしたところで、奥から足音が聞こえ、兄が顔を出した。
あなた

ただいま、お兄ちゃん

御堂 夏祈
御堂 夏祈
おかえり、あなた
あなた

……?
今日は早かったんだね


兄の顔は、にこやかなのにどこか神妙で――これから何かがあるんだと思わせるには充分だった。


【第2話へ続く】

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