土産物店の手伝いが終わった日の夜。
夕食前に、一時間だけ時間が欲しいと、渉兄ちゃんに家の外まで呼び出された。
お兄ちゃんからも、この状況を鑑みて許可が下りているらしい。
やはり元々、ドライブに連れて行きたかったらしい。
でも、彼は車を持ってきていない。
どういうことだろうと思っていると、渉兄ちゃんは突然背中から大きな羽を出した。
八咫烏の漆黒の羽だ。
今度は急に横抱きにされ、慌てて渉兄ちゃんの首にしがみついた。
不敵な笑みを浮かべる渉兄ちゃんの顔が近くにあって、ドキッとした。
それも束の間で、彼は音を立てて羽を動かし、ゆっくりと空中に浮かび上がる。
そして、そのまま空中を飛び始めた。
他の烏たちが驚いて、私たちを避けていく。
さっきまで笑っていた渉兄ちゃんも、私の反応を見て真顔になった。
私は彼にしがみついたまま、首を横に振った。
渉兄ちゃんは、歯を見せて笑った。
あまりにも楽しそうな表情を見せるものだから、それ以上怒れなくなってしまう。
しばらくそのまま空中をゆっくりと移動していると、感覚が慣れてきた。
下を見る余裕も出てきて、田舎ならではの静かで控えめな夜景が見えてくる。
家や商店の灯りがあちこちにあり、海はさざ波を立て、風が心地いい。
一時間のうちに空の散歩を終えて、自宅へと戻ってくる。
まだ足が地面に着いたような感覚がしなくて、ふわふわしていた。
別れ際に、渉兄ちゃんから黒い羽根のついたストラップをもらった。
魔除けを渡す意味は、白夜くんから聞いている。
それを言わない渉兄ちゃんは、「あー」とか「うー」とか言いながら、目を泳がせていた。
渉兄ちゃんの思いは、確かに受け取った。
おばあさんの言葉を思い出すと、ちょっと照れくさくなるけれど。
いつかもし、彼を選ぶことになったら――その時は同じだけの思いを返そうと誓った。
【第17話へ続く】
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。