第18話

玉兎のあやかし
3,801
2020/12/16 04:00
あなた

か、かわっ……


思わず言いかけた言葉を飲み込んだ。


しかしながら、間に合わなかったらしい。
大峰 惟月
大峰 惟月
今、かわいいって言った?
あなた

……言ってない

大峰 惟月
大峰 惟月
完全には言ってないかもだけど、言いかけたよね?
あなた

……ううん、言ってない


くだらない押し問答の果てに、私は絶対に認めなかった。


惟月先輩のプライドを守れたかどうかは、自信がないけれど。


彼は彼で、深く溜め息をついて、拗ねたように視線を落とす。
大峰 惟月
大峰 惟月
僕だって、白夜の白狐とか渉の八咫烏みたいに、強くて格好いいやつがよかったさ……。
玉兎は力だって弱いし。
でも仕方ないだろ?
生まれたのが玉兎の家だったんだから

見せたくなかった理由は、それだったらしい。


あやかしとして、他のみんなと比べてはコンプレックスに感じていたのだ。


見た目のかわいらしさから女の子に間違えられることも多かったし、格好良さや男らしさに憧れるのだろう。


でも、そんなことは単なる〝個性の違い〟に過ぎない。
あなた

これのどこがいけないの?
あのふたりにはそれぞれの良さがあって、惟月兄ちゃんには惟月兄ちゃんの良さがあるだけで、元から比べることじゃないよ

大峰 惟月
大峰 惟月
……えっ
あなた

あ、ちょっと昔に戻って惟月兄ちゃんって呼んじゃった


惟月先輩は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、次に泣きそうな顔になったかと思えば、自嘲気味に笑って、最後には赤面した。


ものすごい百面相を見た気分だ。
大峰 惟月
大峰 惟月
はあ……。
あんたのそういうとこがみんなを振り回してるって気付いてる?
悩んでた僕が馬鹿みたいじゃん
あなた

えっ?
私、何か気に障ることを言った?
ふごっ……

大峰 惟月
大峰 惟月
違う。
褒めてんの!

急に鼻をつままれたけれど、すぐに解放された。


どうやら、惟月先輩の照れ隠しに巻き込まれただけらしい。
大峰 惟月
大峰 惟月
あんたがそう言うなら、たまにくらいは見せてやってもいいけど……

そうツンとしながら言うのは、いつもの惟月先輩だ。


少しは彼のコンプレックスが軽くなったようで、私も嬉しかった。
あなた

私が知らない惟月兄ちゃんのこと、もっと教えて?
今日は何でも言うこと聞いてくれるんでしょ?

大峰 惟月
大峰 惟月
あ、あんたね~!
もー、生意気言うようになった……
あなた

あはは

大峰 惟月
大峰 惟月
ちょっと待ってて。
家に帰って取ってくる

何を、と聞く前に、先輩は一度家を出て行った。


それから十分と少しして、腕に何かを抱えて帰ってくる。


裁縫セットと、布地や綿がたくさん詰められた鞄だった。
大峰 惟月
大峰 惟月
初めて家族以外の人に言うけど……。
僕の特技は手芸なの
あなた

そうなんだ!?
知らなかった……

大峰 惟月
大峰 惟月
ふふん。
せっかくだし、ぬいぐるみの作り方を教えてあげる

先輩は簡単な型紙を手書きで作り、それに合わせて布を切って、縫い合わせ綿を詰め、ボタンを留めて、あっという間に兎のぬいぐるみを一体、作り終えてしまった。


私も教えてもらうままに真似して作ったのだけれど、なんとも歪な形の兎にしかならず、自分の不器用さを呪う。
大峰 惟月
大峰 惟月
あははっ。
なに、これ……
あなた

もう、笑いすぎ!


それから、夕方にはふたりでお月見用の団子を作り終え、夜にはお月見を始めた。


兄は満月の神事のため、まだ帰ってきていない。
大峰 惟月
大峰 惟月
これさ、魔除けになるからあげる。
捨てずに取っておきな
あなた

……!
ありがとう


綺麗な形の兎のぬいぐるみは、先輩の気持ちとなって私の元へとやってきた。
あなた

じゃあ、お礼に……この歪な形のかわいい子、いる?

大峰 惟月
大峰 惟月
仕方ないなあ。
記念すべき弟子一人目の作品として、もらっておくか

そう言いながらも、惟月先輩の目はとても優しかった。


魔除けはもう、三つ目だ。


思いの数だけ受け取ってしまうなんて、贅沢だろうか。
あなた

こんなにみんなから魔除けをもらってたら、幸せ者になっちゃうね……


ついそんなことを言うと、惟月先輩が大きく肩を動かした。
大峰 惟月
大峰 惟月
はあ? 他のやつからももらってんの?
ちょっと待って。
明日には二個目を持ってくるから、みんなには言わないでよね!
あなた

え!
そんな、これだけで充分だよ


やっぱり、こうなると白夜くんと渉兄ちゃんには張り合いたいものらしい。
大峰 惟月
大峰 惟月
あんたを幸せにするのは僕なんだから。
玉兎ってのは一緒にいるだけで、幸運を運んでくるの!

惟月先輩はイライラしながらそう言ったけれど。
大峰 惟月
大峰 惟月
ちょ……今の、今のなし……
あなた

ごめん、バッチリ聞いちゃった……


ふたりして、恥ずかしさで息が詰まりそうだった。


【第19話へ続く】

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