第9話

まだ知らない、彼らのこと
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2020/10/14 04:00
誰も、何も言わなかった。
あなた

……飲み物、買ってくる


水を打ったように静かになった彼らを置いて、私は財布を手に取り、海の家に向かった。
あなた

(いずれ誰かと結婚するのは分かってる。
でも……ずっと仲良くしたいっていうのは、私の我が儘なのかな)


ちょっとだけ泣きそうになった目を拭い、みんなの好きな飲み物でも買って、謝ろうと思った。


白夜くんにはジンジャーエール、渉兄ちゃんと惟月先輩にはアイスコーヒー、聖くんにはマンゴージュース。


注文を待つ列に加わろうとすると、後ろから肩を軽く叩かれた。


誰か追いかけてきたのかと思ってドキリとする。
観光客?
観光客?
お姉さん、友達と来てるの?
あなた

……えっ、そうですけど。
誰ですか?


振り返ると、知り合いでもない男性三人が私を見下ろしていた。


観光客だろうか。
観光客?
観光客?
まあまあ。
飲み物運ぶの手伝うしさ、よかったら一緒に遊ばない?
あなた

いえ……。
大丈夫です

観光客?
観光客?
そう言わずにさ、友達も紹介してよ

これが世間一般でいう、ナンパというやつなのか。


こんな田舎で、毎年海に来ているというのに、初めての経験だ。
あなた

(なるほど、女友達と来てると思われてるんだ)


このまま連れて戻って、友達がみんな男だと分かったら、この人たちはどんな反応をするのだろう。


わずかにそんな好奇心もあったけれど、断る方が無難だ。
あなた

友達全員男子なので。
混ざっても多分楽しくないですよ

観光客?
観光客?
またまたぁ。
冗談だよね?
あなた

いえ、本当なんですけど


事実を言っても信じてもらえず、心なしか距離を詰められてきている気がする。
あなた

(怖くなってきた……)


もう関わらないようにしようと、彼らの言葉を無視して歩き出す。
観光客?
観光客?
ちょっと、無視しないでよ……あっっつ!!
あなた

……!?


男のひとりが私の肩に手を置いた瞬間。


彼は悲鳴を上げて、その手をすぐに引っ込めた。


何事かともう一度振り返ると、男の手からは火が上がっている。


しかし、すぐに消えた。
あなた

え……


呆然とする私を庇うように、彼らとの間に誰かが立った。
葛葉 白夜
葛葉 白夜
……失せろ

白夜くんだ。


さっき渉兄ちゃんに怒った時よりも更に低い、怒気を含んだ声で言った。
あなた

(怒ると怖いって、そういうこと!?)


男の手から火が上がったのも、白夜くんのあやかしの力だ。


ナンパの三人組は、顔を見合わせそそくさと逃げていった。
あなた

白夜、くん……?

葛葉 白夜
葛葉 白夜
はっ……ごめん、怖かったよね?
俺、こういう時、自制がきかなくて……
あなた

ううん、大丈夫。
ありがとう


驚きはしたけれど、助けてもらえた安堵感の方が強かった。


私を振り返った白夜くんは、もういつもの白夜くんで。
あなた

(ちょっと格好いいと、思ってしまった……)


もう、みんなのことは知り尽くしていたと思い込んでいた。


でも、あやかしだったことも含め、まだまだ知らないことがあるらしい。
廣内 渉
廣内 渉
おい、大丈夫だったか?
大峰 惟月
大峰 惟月
さっきの、ぬえのとこの一派じゃないの?
宝来 聖
宝来 聖
うん、多分そうだよ
あなた

ぬえ?


渉兄ちゃんと惟月先輩、聖くんまでいつの間にか追いかけてきていた。


何の話をしているのか分からず首を傾げる。
廣内 渉
廣内 渉
あなた、あいつらもあやかしってことだ。
こういう場所でひとりになるのは、やっぱり危ない
あなた

えっ!? あの人たちが?


みんな以外にもあやかしはたくさんいて、中には掟を無視して私を狙う者もいるのだと、一昨日教えてもらったばかりだ。
あなた

そうなんだ……。
あ、あの……さっきは、怒ってごめんなさい。
軽率にひとりになったのも、反省してます

葛葉 白夜
葛葉 白夜
謝らなくていいよ。
俺たちが悪かったんだから。
それに、俺たちがあなたを守るのは、当たり前のことだし
あなた

……! 
うん、ありがとう


今までも、知らないうちにこうやって守られていたんだ。


どれだけ大事にされているのか、私は分かっていなかった。


【第10話へ続く】

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