「津田、お前教職取るんじゃなかったっけ?」
話しやすいが、
不真面目を絵に描いたような存在の助教授。
煙草吹かしてるか、
コーヒー飲んでるか、
飯食ってるが、
寝てるか、
俺が目にするのは大概そんなん。
「単位は取れてんだろ。
実習どうすんだよ。」
「来年でもいいけど、就活もしてるんだろ?
スケジュール的にキツくなるぞ。」
「ま、お前が自分で決める事だからあれだけど、」
ほらっ、と缶コーヒーを投げ渡される。
「あんまり先の事決めつけるより、
色々出来るようにしておいた方がいいと思うよ、俺は。」
「ギリギリまで待ってやるから、考えてこい。」
夢というほどのものではなかったけれど、
地元で教師になろうと、
大学入学当時はぼんやり考えていた。
家の畳屋はこのまま行けば、
長男の間介にーちゃんが継ぐだろうし、
特別、地元に帰らなくちゃいけない理由なんてないけど、
自分にはその方がいいかなって思ってた。
で、そのうち誰かいい娘見つけて、
結婚して、
子供が出来て、
年取って、
そんな人生を予想してた。
でも、違った。
アキさんに出会って、
好きになって、
これからも一緒にいられるにはどうしたらいいかって、
考えるようになった。
地元に帰るという選択肢はなくなったし、
早く社会人になって、
アキさんと肩を並べたい。
教職は地元に戻らなくても出来るだろうけど、
何故か妥協案みたいに思えて、
納得しきれないでいた。
キャンパスのベンチに一人、
助教授にもらったコーヒーに口をつけながら、
考え込んでいた。
ツレの誰かの彼女の友達だったか。
前に大勢でボーリングした時いた、気がする。
…名前は思い出せないな。
正直、人と話す気分じゃなかったけれど、
断りようもない。
え?何?!
改めて隣に座る彼女を見る。
普通に可愛い。
…いや、結構可愛いんじゃないかと思う。
何で俺?意味が解らない。
顔を上げた彼女と目が合った。
握りしめた手が震えてる。
本気なんだと分かった。
彼女の真剣な眼差しに耐えられなくなって、
頭を下げた。
何て返せばいいのか、何も思い付かない。
名前ぐらい覚えてあげていたらと思ったけど、
それはただの自己満足にしかならないだろう。
アキさんがいなかったら、
そんな未来もあったかもしれない。
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けっして高くはないけど、
名前入りのシルバーリング。
二人で作りに行った時は、
流石に恥ずかしかったので、
一人で取りに行ったけど、
店員も同じ人だし、
恥ずかしいにかわりなかった。
アキさんの前に左手をつき出す。
アキさんも覚悟して、
俺を受け入れろ。
もう、俺だけだって。
アキさんの指輪を持つ手が震えてる。
その手を見て、
彼女の事を一瞬だけ思い出した。
アキさんも本気だって思っていいよな。
相手がアキさんってだけで、
俺、全然気持ち違うんだよ。
アキさんが指輪のはまった俺の指を、
感慨深げに見つめてる。
俺の名前の指輪をゆっくり、
アキさんの長くて綺麗な薬指に通していく。
俺の独占欲を、
もうこれ以上ないくらいの。
アキさんが嬉しそうに笑うから、
俺もつられて嬉しくなった。
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見る事のなかった未来が、
選ばなかった未来が、
もしかしたら、今より幸せだったかもしれません。
君のせいにしてもいいかな?
なんて。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。