ある町外れの廃工場。
錆びて今すぐにでも崩れ落ちそうなそこは、見た目に似合わず綺麗な海沿いに建っていた。青黒く美しい海は沢山の星を反射してきらきら輝いている。
時刻は23時10分を過ぎ、ヘチャンは人気のない駐車場で、廃工場を眺めていた。
『 もうすぐのはずなんだけど... 』
腕時計に視線をやって周りを見渡すと、ヘチャンと同じような服装をした連中が動いているのが見えた。
『 3人、』
そう呟いたヘチャンはチェストから一丁の拳銃を取り出して、車からそっと抜け出した。
壁に沿いながら音を立てないように近づくと、次第に声が聞こえるようになって、ヘチャンはその声に耳を傾ける。先輩を殺した相手だ、と考えると自然に掌に力が入った。
「 これで全部? 」
「 1000万はくだらないだろ 」
途切れ途切れにそんな会話が聞こえてくる。
その男達は銀のアタッシュケースをぶら下げて移動していた。確かにいかつそうな見た目だが、あいつらが先輩を殺したようには見えず、首を傾げた。
まぁ任務が簡単に終わる、と思い直したヘチャンは拳銃を握り直し、深呼吸をする。男たちとの距離は約5m、人数は3人、相手からこちらの場所は割れていない。
テイルから聞いた強いやつは現れないのか、と肩をがくんと落として彼は歩みを進めた。
「 ねぇ、ここで何してるんですか? 」
ヘチャンは思わず後ろにその長い足で蹴りを入れた、がそれは当たらず、むしろ自分のこめかみに銃口が当たっていることに気がつく。
『 だっ、誰 ... 』
気配を察知するのが得意なヘチャンが、真後ろに人がいることを気づけなかった。
只者じゃない
逃げろ
そう脳味噌が大音量でサイレンを鳴らすが、
体が動かなかった。
恐怖と焦りで冷や汗が流れる。
未だに真後ろでヘチャンに銃口を突きつけるその相手は、まさにテイルが言っていた先輩を殺した相手だと、直感がそう言っている。
「 手、あげてください。銃も落として 」
大人しく銃を地面へと落とし、両手をあげる。
残りの武器はジャケットの中へ忍ばせておいた申し訳程度のナイフしかない。死んだ、ヘチャンは心の底でそう思った。
「 あんた、テヨンって人がボスの組織ですよね。そのバッジ、この前殺したやつと同じだから 」
『 だ、だったらなに 』
「 別になんにもないです。僕たちのことあんまり邪魔しないでください 」
『 ... 仕事なんで 』
「 はぁ、...じゃあ殺します 」
『 ちょっと待ってくんない? 』
ヘチャンはそういった直後、勢いよくしゃがみ、小さい子供のように丸くなった。
「 なんっ、... 」
その瞬間、ヒュっと音を立ててヘチャンの後ろにいた男の目の前に一筋の弾道が通る。
『 あっぶな、死ぬと思ったんだけど...! 』
地面の拳銃を取り体制を建て直した後、ヘチャンは逃げる男の後を追った。
『 ねぇ待って、 』
ヘチャンの頭の中はさっきと一新してその男の顔を見たい、という思いでいっぱいだった。
透き通った声、華奢な身体、おまけにいい匂いまでした。俺の好きな、甘い、お花みたいな匂い。
戦闘が苦手だという男は思っていたより足が遅く、ヘチャンに容易に捕まえられてしまった。
「 ぅわっ、 」
手首を少し捻って銃を落とさせた後、抱き寄せるようにその男の体を拘束した。
『 やっぱめっちゃいい匂い... 』
「 えっ、なに、変態、 」
『 変態じゃ、ない、けどこの状態じゃ仕方ないかも 』
ヘチャンの腕はその男のお腹や肩にぐるりと巻き付き、顔は肩にすっぽりと収まって匂いを嗅いでいる。これを変態と言わずになんと言うだろうか。
『 ね、俺の事知ってるんだよね 』
「 ... 」
『 何も言わないってことは知ってるって事なんだろうけど、改めまして、俺イ・ヘチャンっていいます。よろしく。君は?名前なんて言うの? 』
「 ... 」
『 お願いっ!名前だけ教えてよ〜 』
「 ...お、教えられません 」
『 気持ちはわかる、こういう世界だから名前割れちゃうとちょっと不便だよね、でも名前教えてくんなきゃ殺しちゃうかもよ〜 』
そう言ってヘチャンが指さした方向に、スナイパーらしき男がひらひらと手を振っているのが見えた。先程の弾道も、この男が打った物だろう。
「 ...だめ『 教えて? 』...ロンジュン、 」
『 へーー!ロンジュンっていうんだ!!歳は?俺2000年生まれ!! 』
「 さすがに教えられな『何歳なの?』... 同じ、です... 」
『 同い年なの!?なんか運命感じちゃうなあ 』
「 いい加減離してくださいっ、....! 」
『 静かに 』
ヘチャンと男の話し声に聞こえたのか、さっきのチンピラ達の声が聞こえる。ヘチャンたちを探しているようだ。
『 あっちいこ、 』
ヘチャンは男の手を引いて建物に隠れ、なにやらスマホを弄っていた。
『 ねぇ、ロンジュン。そのフード、暑くない? 』
「 暑くないです 」
『 えーー、外してみてよ 』
「 嫌です 」
『 おーねーがーいー 』
そう言ってヘチャンが手を合わせた後、チンピラ達の悲鳴が聞こえた。
『 ほら、うちのスナイパーに殺されちゃう前に 』
口角を上げたヘチャンの顔が月光に照らされ、彫刻のような顔立ちがより一層の妖艶で美しかった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。