第18話

優しくされると泣きたくなります
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2020/10/11 04:00
───ガヤガヤと活気溢れる校内。

今日も今日とて、文化祭準備に追われる私たちは、あちこち行ったり来たりと、忙しなく過ごしている。

文化祭はいよいよ明日。
みんな、それぞれの役割を果たそうとすっかり作業に気合が入っていた。
木下あまね
木下あまね
わぁ、可愛い……!
千華
明日が楽しみだね
木下あまね
木下あまね
そうだね!
千華ちゃんの描いてくれたイラストで
お客さんいっぱい入るといいな
千華
うん!
あと少し、頑張ろう!
PR看板を昨日作り終えた私は、教室用の客引き用看板の色塗りを手伝っている。

クラスメイトの千華ちゃんは、絵がすごく上手で、千華ちゃんの描いたイラストに色が加わって可愛さが増していく看板にワクワクする。
クラスメイト
あれ〜?
羽瀬くん知らない?
───!

そんな中、教室の中に響いたクラスメイトの声に、私は敏感に反応してしまう。
クラスメイト
あと衣装合わせしてないの
羽瀬くんだけなんだけど……
クラスメイト
どこ行っちゃったんだろ〜
衣装合わせっていうのはきっと、うちのクラスがやる執事喫茶の衣装のことで、悪魔くんはあのルックスだけに1番人気じゃないかと噂されている。

……でもやっぱり、本人は乗り気じゃないんだ。
千華
そう言えば羽瀬くん、
最近すごく雰囲気が優しくなったよね
木下あまね
木下あまね
えっ?……そうかな?
千華
『悪魔くんに優しくされた〜』
って子、結構いるみたいだよ
木下あまね
木下あまね
悪魔くんに……優しく
千華
ちょっと、想像つかないよね
あの悪魔くんが優しいなんて
そう言って「ん〜?」と少し考える素振りを見せる千華ちゃん。

だけど、私は知ってる。
悪魔くんの優しさ。
木下あまね
木下あまね
……そうだね
千華ちゃんに合わせて返事をした後で、なぜか心に広がっていくモヤモヤ。

……多分、私は『悪魔くんの優しさを知ってる』って言いたかったのかもしれない。

だけど、言えなかった。

だってきっと、私にくれた”優しさ”すら気まぐれな悪魔くんのイタズラで、私はそれに気付かず浮かれていただけだから。
千華
今の雰囲気が柔らかい悪魔くん
女子の中でかなり人気あるみたい
千華
悪魔くんの優しさ……
ギャップにやられてるのかもね
木下あまね
木下あまね
ギャップ……
千華
あ、ペンキなくなりそう
木下あまね
木下あまね
わ、私!取ってくるよ
千華
一緒に行くよ
木下あまね
木下あまね
ううん、千華ちゃんは
続き塗っててくれる?
千華
でも、ペンキ重たいし
あまねちゃん1人じゃ、
木下あまね
木下あまね
大丈夫!すぐ戻るから
心配する千華ちゃんを残して教室を飛び出す。

悪魔くんが女子から人気……そんな情報に、内心気が気じゃなくて、ちょっと1人になりたかった。
***

───資材倉庫前
木下あまね
木下あまね
あ、
江本 夏樹
江本 夏樹
……よ
木下あまね
木下あまね
江本くん
江本 夏樹
江本 夏樹
お前もパシリ?
木下あまね
木下あまね
ち、違うよ
看板用のペンキが
なくなりそうだから……
江本 夏樹
江本 夏樹
だから、パシリだろ
木下あまね
木下あまね
自分の意思で来たから
パシリじゃないもん
江本 夏樹
江本 夏樹
……フッ、さすがは天使
パシリを買ってでたわけだ
木下あまね
木下あまね
だから〜!
江本くんとは相変わらずな距離感で、とくに気まずくなることもなく過ごせている。

それに、
江本 夏樹
江本 夏樹
にしても、アイツら人使い荒すぎ
俺、これで3往復目だし
木下あまね
木下あまね
……フフ、江本くん楽しそうだね
江本 夏樹
江本 夏樹
は?
人の話聞いてたか
木下あまね
木下あまね
最近の江本くん、
みんなと馴染んでてすごく楽しそう
江本くんはポーカーフェイスを崩すことが増えた。

クラスメイトたちにもちゃんと歩み寄って、たまには一緒になって笑っている。

……素直に嬉しいなぁって思う。
江本 夏樹
江本 夏樹
お前が言ったんだろ
木下あまね
木下あまね
え?
江本 夏樹
江本 夏樹
『江本くんみたいに、いつも
ポーカーフェイスじゃ泣きたい時に
誰も気づいてあげられないよ』って
木下あまね
木下あまね
えぇ〜、私そんな偉そうなこと
言ったかなぁ?
江本 夏樹
江本 夏樹
よく言うよ
あえてとぼけて見せれば、江本くんが小さく笑ったのが分かって、私もまたつられて笑う。
木下あまね
木下あまね
フフ、でも……良かったぁ
江本くんがみんなと仲良くなれて
木下あまね
木下あまね
私も江本くんの友達として、
江本 夏樹
江本 夏樹
そのことだけど
木下あまね
木下あまね
え?
江本 夏樹
江本 夏樹
俺は、お前に友達としてじゃなくて
……恋人として傍にいて欲しい
───ドキッ
江本 夏樹
江本 夏樹
この間の『好きになれ』ってやつも
……俺はそのつもりだった
木下あまね
木下あまね
……友達として、じゃなくて
江本くんの……恋人として?
江本 夏樹
江本 夏樹
ま、今すぐに
返事聞かせろってわけじゃない
江本 夏樹
江本 夏樹
……考えとけ、俺のこと。
じゃあな
……っ、驚きすぎて何も言えなかった。
あんな真剣な顔の江本くんは、初めて見た。
***

───廊下

さっきの江本くんの言葉が、頭の中を行ったり来たり。

一瞬、あの雨の日みたいにまた私のことからかってる?なんて思ったけれど、江本くんの真剣な顔に、そんな考えはすぐに捨てた。
木下あまね
木下あまね
……教室、遠いし
木下あまね
木下あまね
地味に重い
両手に持ったペンキは 細い取っ手が手に食い込み、時間が経つにつれて重さが痛みに変わってゆく。

こんなことなら、往復してでも1つずつ運べば良かった。
木下あまね
木下あまね
……よいしょ、
一度床に置いて休んでから、再び取っ手を持ち直して歩き出した私は、
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
馬鹿、
木下あまね
木下あまね
……っ、!
小さく、だけどすぐ近くで聞こえた聞き覚えのある声に、顔を見なくてもそれが誰なのかすぐにわかった。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
こんなもん、
男に任せればいいんだよ
木下あまね
木下あまね
……あ、
私の手から重みが消えて、フワッと体が軽くなる。
木下あまね
木下あまね
悪魔くん……、なんで
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
お前に両手持ちなんて
そもそも無理に決まってんだろ
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
……ケガでもしたらどうすんだよ
木下あまね
木下あまね
───っ
不機嫌そうに歪められた顔。
それすらも、今の私をときめかせる……ずるい人。
木下あまね
木下あまね
……い、1個は私が!
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
いいから、
黙ってついてこい
木下あまね
木下あまね
……っ、うん
……悪魔くんは、優しい。
口は悪いけど、周りをよく見て行動できる人。

そんな悪魔くんに、女子たちが色めき立つのも無理はない。ときめいて、盛り上がっちゃうのもよく分かる。

なのに、どうしてだろう。
……悪魔くんに優しくされると、泣きたくなるのは。

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