───ガヤガヤと活気溢れる校内。
今日も今日とて、文化祭準備に追われる私たちは、あちこち行ったり来たりと、忙しなく過ごしている。
文化祭はいよいよ明日。
みんな、それぞれの役割を果たそうとすっかり作業に気合が入っていた。
PR看板を昨日作り終えた私は、教室用の客引き用看板の色塗りを手伝っている。
クラスメイトの千華ちゃんは、絵がすごく上手で、千華ちゃんの描いたイラストに色が加わって可愛さが増していく看板にワクワクする。
───!
そんな中、教室の中に響いたクラスメイトの声に、私は敏感に反応してしまう。
衣装合わせっていうのはきっと、うちのクラスがやる執事喫茶の衣装のことで、悪魔くんはあのルックスだけに1番人気じゃないかと噂されている。
……でもやっぱり、本人は乗り気じゃないんだ。
そう言って「ん〜?」と少し考える素振りを見せる千華ちゃん。
だけど、私は知ってる。
悪魔くんの優しさ。
千華ちゃんに合わせて返事をした後で、なぜか心に広がっていくモヤモヤ。
……多分、私は『悪魔くんの優しさを知ってる』って言いたかったのかもしれない。
だけど、言えなかった。
だってきっと、私にくれた”優しさ”すら気まぐれな悪魔くんのイタズラで、私はそれに気付かず浮かれていただけだから。
心配する千華ちゃんを残して教室を飛び出す。
悪魔くんが女子から人気……そんな情報に、内心気が気じゃなくて、ちょっと1人になりたかった。
***
───資材倉庫前
江本くんとは相変わらずな距離感で、とくに気まずくなることもなく過ごせている。
それに、
江本くんはポーカーフェイスを崩すことが増えた。
クラスメイトたちにもちゃんと歩み寄って、たまには一緒になって笑っている。
……素直に嬉しいなぁって思う。
あえてとぼけて見せれば、江本くんが小さく笑ったのが分かって、私もまたつられて笑う。
───ドキッ
……っ、驚きすぎて何も言えなかった。
あんな真剣な顔の江本くんは、初めて見た。
***
───廊下
さっきの江本くんの言葉が、頭の中を行ったり来たり。
一瞬、あの雨の日みたいにまた私のことからかってる?なんて思ったけれど、江本くんの真剣な顔に、そんな考えはすぐに捨てた。
両手に持ったペンキは 細い取っ手が手に食い込み、時間が経つにつれて重さが痛みに変わってゆく。
こんなことなら、往復してでも1つずつ運べば良かった。
一度床に置いて休んでから、再び取っ手を持ち直して歩き出した私は、
小さく、だけどすぐ近くで聞こえた聞き覚えのある声に、顔を見なくてもそれが誰なのかすぐにわかった。
私の手から重みが消えて、フワッと体が軽くなる。
不機嫌そうに歪められた顔。
それすらも、今の私をときめかせる……ずるい人。
……悪魔くんは、優しい。
口は悪いけど、周りをよく見て行動できる人。
そんな悪魔くんに、女子たちが色めき立つのも無理はない。ときめいて、盛り上がっちゃうのもよく分かる。
なのに、どうしてだろう。
……悪魔くんに優しくされると、泣きたくなるのは。