第20話

そんな悪魔くんが愛しくて仕方ないんです
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2020/10/25 04:00
───文化祭当日。

客引きの看板を持った生徒が、着ぐるみと一緒に校内の至るところで風船を配っている。

外に並ぶ種類豊富な屋台からは、いい匂いが校内にまで漂ってきて、私の食欲をくすぐる。
木下あまね
木下あまね
……お腹空いたぁ
お兄ちゃんのクラスの王子喫茶は大反響らしく、午前も午後も教室から出してもらえなそうだとメッセージの最後に号泣した絵文字がついていた。
木下あまね
木下あまね
焼きそばと、たこ焼き……
どっちにしようかな?
1人、校内をブラブラと散策しながらも、美味しそうな香りにつられて足はどんどん外の屋台へと向かっている。
木下あまね
木下あまね
ななちゃん、
お兄ちゃんに会えたかな
『あまねと一緒に回る!』と意地を張るななちゃんの背中を、無理矢理押して、お兄ちゃんのクラスに向かわせてから30分ほどが経った。

廊下に列が出来るほど人気らしいお兄ちゃんのクラスに、ななちゃんはまだ並んでるかな?

どうか神様、ななちゃんとお兄ちゃんに、文化祭ミラクルを起こしてください。
***

───屋台
木下あまね
木下あまね
……やっぱり、たこ焼きかな。
いやでもお好み焼きも捨てがたい
木下あまね
木下あまね
クレープも食べたいし
タピオカ飲みたいし……
木下あまね
木下あまね
あ、あっちは
レインボーハットグ
お腹が空いていると、どうしてこう、あれもこれも美味しそうに見えてしまうんだろう。

唐揚げやフライドポテトの匂いに惹かれながら、まずは主食を決めないと……と、たこ焼きと焼きそばの屋台を前に悩む。
ナンパ男
かわい子ちゃん発見〜
木下あまね
木下あまね
……っ、!?
目の前に現れた、いかにもチャラそうな男の人に、一瞬、息をすることを忘れた。
ナンパ男
なに?
たこ焼き食べたいの?
木下あまね
木下あまね
いえ 、その……
ナンパ男
じゃあ、お好み焼き?
それとも焼きそば?
木下あまね
木下あまね
あ、あの……、
ナンパ男
俺、買ってあげるよ
ほら並ぼう
グイッと私の手を引いて、屋台の列に並ぼうとするチャラ男の力は強い。

咄嗟に頭をよぎったのは、王子喫茶で働いているであろうお兄ちゃんのこと。

『明日、ナンパにはくれぐれも気をつけるように!』って、昨日お兄ちゃんに言われていたのに。美味しそうな匂いに、すっかり油断してしまった……。
木下あまね
木下あまね
あの、やめてください!
自分で買えますから……
ナンパ男
いいじゃん?
名前はなんて言うの?何年?
木下あまね
木下あまね
教えません……っ
ナンパ男
見た目は天使みたいなのに
意外とハッキリ物言うね〜
「嫌いじゃないけど」なんて、勝手に盛り上がりを見せるナンパ男は、そのまま私の腰に手を回した。

───バシッ
木下あまね
木下あまね
っ!!
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
気安く触んな
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
誰に許可取って
俺の女に声かけてんだよ
木下あまね
木下あまね
……あ、悪魔くんっ
肩で息をする悪魔くんは、ナンパ男から私を守るように抱き寄せる。

ギュッと腰を抱かれて、私の心臓はありえないくらいの加速を見せた。
ナンパ男
はぁ?なんだよ……
彼氏持ちかよ……っ
それを見たナンパ男は、ブツブツと何か言いながら逃げるように去っていく。
木下あまね
木下あまね
あ、ありがとう……
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
馬鹿!!
木下あまね
木下あまね
っ、
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
 言い逃げしやがって
木下あまね
木下あまね
え?
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
自分だけ言い逃げすんな!
木下あまね
木下あまね
…………!!
なぜか半ギレの悪魔くん。
訳が分からず、ただその綺麗な顔を見つめることしか出来ない私。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
ったく、昨日から執事喫茶の
衣装合わせだの、リハーサルだの
全然、時間ねぇし!
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
やっとの思いで逃げて来れば
あんなクソみたいなのに
ナンパされてるし……
木下あまね
木下あまね
……あ、悪魔くんっ
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
お前ばっか
言いたい放題いいやがって
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
俺なんか、
ずっと前から好きだった
木下あまね
木下あまね
……え、
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
1年の頃からずっと、
あまねのことが好きだった。
でも、嫌われてると思ってた
木下あまね
木下あまね
……嘘、
胸が激しく波打って、訳もなく膝が震える。

ドキドキ、なんて4文字では到底表現できないこの感情を、それでも私の体はどうにか表現したいと、涙の準備を始めた。
木下あまね
木下あまね
嫌われてるんだと思ってたのは
……私の方だよ
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
あまねにだけは
人一倍、素直になれなかった
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
……好きだから
木下あまね
木下あまね
本当に?
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
こんなに恥ずかしい嘘
わざわざつかねぇよ
恥ずかしそうに私からフイッと視線を逸らして、悪魔くんが俯く。

その仕草ですら、今の私をキュンとさせるには十分で。……悪魔くんを可愛いと思う日が来るなんて、革命すぎる。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
逆に……
俺を好きって本気かよ
木下あまね
木下あまね
泣くほど好きみたいなので
……責任とって欲しいのですが
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
……その顔、ずりぃだろ
可愛すぎんだよ、お前
ギュッと私を正面から抱き寄せて、キツくキツく閉じ込める。

締め付けられて苦しいはずなのに、心はどんどん満たされていく。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
……江本に抱きしめられてたのは?
木下あまね
木下あまね
あ、あれは、不意打ちで
木下あまね
木下あまね
江本くんには悪魔くんが好きって
ちゃんと伝えて分かってもらったよ
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
江本のこと何とも思ってねぇ?
木下あまね
木下あまね
友達だよ、江本くんは
「良かった」と心底ホッとした声を出す悪魔くんに、私だって聞きたいことがある。
木下あまね
木下あまね
……千冬ちゃんは?
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
は?なんでアイツが出てくんだよ
木下あまね
木下あまね
だって、千冬ちゃんは
悪魔くんのこと好きなんだよ?
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
俺は、あまねが好きなんだから
関係ねぇだろ
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
それに、いつかの図書館で
あまねが好きだって宣言してあるし
木下あまね
木下あまね
……あ、あれ!
本当だったってこと?
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
リレー出る代わりに
俺と付き合えってやつも
『どこにでも』とか言い出すし
木下あまね
木下あまね
つ、付き合えって……
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
分かれよ、馬鹿
不貞腐れた声を出す悪魔くんに、自分の鈍さを呪った。私と悪魔くんの恋が拗れた原因は、確実に……私にあった。

私の顔を見てくれなくなった悪魔くんの頬を、両手で挟み込む。
木下あまね
木下あまね
悪魔くん、機嫌なおして?
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
だから、その顔すんの……
まじでズリぃ。怒れねぇもん
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
……今度こそ。
俺と付き合え、あまね
木下あまね
木下あまね
……っ!はい!
よろしくお願いしますっ
悪魔くんは、私にだけうんっと意地悪で。
ずっとずっと、嫌われてるんだとばかり思ってた。

だけど本当は───。
私だけを想ってくれていた。

不器用な悪魔くんと、鈍感な私。
今日拗れに拗れた恋がめでたく、実を結びました。

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