───文化祭当日。
客引きの看板を持った生徒が、着ぐるみと一緒に校内の至るところで風船を配っている。
外に並ぶ種類豊富な屋台からは、いい匂いが校内にまで漂ってきて、私の食欲をくすぐる。
お兄ちゃんのクラスの王子喫茶は大反響らしく、午前も午後も教室から出してもらえなそうだとメッセージの最後に号泣した絵文字がついていた。
1人、校内をブラブラと散策しながらも、美味しそうな香りにつられて足はどんどん外の屋台へと向かっている。
『あまねと一緒に回る!』と意地を張るななちゃんの背中を、無理矢理押して、お兄ちゃんのクラスに向かわせてから30分ほどが経った。
廊下に列が出来るほど人気らしいお兄ちゃんのクラスに、ななちゃんはまだ並んでるかな?
どうか神様、ななちゃんとお兄ちゃんに、文化祭ミラクルを起こしてください。
***
───屋台
お腹が空いていると、どうしてこう、あれもこれも美味しそうに見えてしまうんだろう。
唐揚げやフライドポテトの匂いに惹かれながら、まずは主食を決めないと……と、たこ焼きと焼きそばの屋台を前に悩む。
目の前に現れた、いかにもチャラそうな男の人に、一瞬、息をすることを忘れた。
グイッと私の手を引いて、屋台の列に並ぼうとするチャラ男の力は強い。
咄嗟に頭をよぎったのは、王子喫茶で働いているであろうお兄ちゃんのこと。
『明日、ナンパにはくれぐれも気をつけるように!』って、昨日お兄ちゃんに言われていたのに。美味しそうな匂いに、すっかり油断してしまった……。
「嫌いじゃないけど」なんて、勝手に盛り上がりを見せるナンパ男は、そのまま私の腰に手を回した。
───バシッ
肩で息をする悪魔くんは、ナンパ男から私を守るように抱き寄せる。
ギュッと腰を抱かれて、私の心臓はありえないくらいの加速を見せた。
それを見たナンパ男は、ブツブツと何か言いながら逃げるように去っていく。
なぜか半ギレの悪魔くん。
訳が分からず、ただその綺麗な顔を見つめることしか出来ない私。
胸が激しく波打って、訳もなく膝が震える。
ドキドキ、なんて4文字では到底表現できないこの感情を、それでも私の体はどうにか表現したいと、涙の準備を始めた。
恥ずかしそうに私からフイッと視線を逸らして、悪魔くんが俯く。
その仕草ですら、今の私をキュンとさせるには十分で。……悪魔くんを可愛いと思う日が来るなんて、革命すぎる。
ギュッと私を正面から抱き寄せて、キツくキツく閉じ込める。
締め付けられて苦しいはずなのに、心はどんどん満たされていく。
「良かった」と心底ホッとした声を出す悪魔くんに、私だって聞きたいことがある。
不貞腐れた声を出す悪魔くんに、自分の鈍さを呪った。私と悪魔くんの恋が拗れた原因は、確実に……私にあった。
私の顔を見てくれなくなった悪魔くんの頬を、両手で挟み込む。
悪魔くんは、私にだけうんっと意地悪で。
ずっとずっと、嫌われてるんだとばかり思ってた。
だけど本当は───。
私だけを想ってくれていた。
不器用な悪魔くんと、鈍感な私。
今日拗れに拗れた恋がめでたく、実を結びました。