───新学期が始まった、8月の下旬。
先日、スーパーでばったり遭遇した夏風邪をこじらせた悪魔くんとは、あの日以来会っていない。
ほんの少しだけ、悪魔くんと会うことに緊張感を覚えている。
『甘えていいんだよ?』なんて大口叩いたのは自分なのに、いざあんな素直に甘えられると戸惑いを隠せなかった。
『甘えていいんだよ?』なんて大口叩いたのは自分なのに、いざあんな素直に甘えられると戸惑ってしまって……。
食べさせながらやけにドキドキとうるさい心臓が悪魔くんに聞こえてしまうんじゃないかと気苦労が耐えなかった。
考えてみれば、あの日から今日まで、毎日こんな調子で悪魔くんのことを思い出す日が続いている気がする。
……夏風邪はタチが悪いって聞くし、あれ以上こじらせてなきゃいいんだけど。
お兄ちゃんと別れて教室まで向かう道、そんなことを考えながら歩いた。
***
教室に入るなり抱きついて来たななちゃん。
夏休み後半、ななちゃんは沖縄に家族旅行へ行っていて、しばらく会えない日が続いていた。
毎日のように連絡を取ってたのに、何だかすごく久しぶりな気がしてしまう。
ちゅら玉なんて、初めて見た。
暖かくて淡いピンク色が可愛くて、ついつい見入ってしまう。
キラキラと光る緑色のちゅら玉。
優しいお兄ちゃんにピッタリの色だな。
ずっと気になってたことの確信に迫ろうとする私を、今日も絶好調に意地悪な声が邪魔をした。
なんか、夏風邪を引く前よりも悪魔レベルが爆上がりしてる気がするのは私だけかな?
プライドが高い悪魔くんのことだから、私に弱さを見せたってこと、周りに知られたくないのかもな。
私とななちゃんに一度呆れた視線をくれた悪魔くんは、私の横をすり抜けて自分の席へと向かっていく。
そんな悪魔くんの後ろ姿に、独り言を呟けば、少しだけ笑みがこぼれる。
いつもよりパワーアップした悪魔くんは、可愛くないけど、弱ってるよりずっといい。
───ピタッと足を止めて振り向いた悪魔くんが、再び私へと向かって歩いてくる。
え?と思いながらも声は出ず、体は緊張からやや身構えてしまう。
私の左手を優しくすくい上げた悪魔くんは、ブレザーのポケットから何やら取り出すと、迷うことなくそれを私の薬指にはめた。
あの日、お粥を作るために手を綺麗に洗おうと思って指輪を外して……そのまま忘れちゃったんだ。
夏休みのオシャレのお供にと、期間限定で付けていたお気に入りの指輪だったのに、忘れて来たことに今の今まで気付かないなんて。
今度こそ自分の席へと向かっていく背中。
優しいのか意地悪なのか分からない悪魔くんに、振り回されっぱなしなのに、不思議と嫌じゃない。
悪魔くんが付けてくれた指輪を指の上からギュッと握りしめる。
決して高い指輪じゃないのに、キラキラして見えるのはどうしてだろう。