第12話

悪魔レベルが爆上がりしました
9,797
2020/08/30 04:00
───新学期が始まった、8月の下旬。

先日、スーパーでばったり遭遇した夏風邪をこじらせた悪魔くんとは、あの日以来会っていない。

ほんの少しだけ、悪魔くんと会うことに緊張感を覚えている。
木下あまね
木下あまね
……どんな顔して会おうかな?
『甘えていいんだよ?』なんて大口叩いたのは自分なのに、いざあんな素直に甘えられると戸惑いを隠せなかった。

『甘えていいんだよ?』なんて大口叩いたのは自分なのに、いざあんな素直に甘えられると戸惑ってしまって……。

食べさせながらやけにドキドキとうるさい心臓が悪魔くんに聞こえてしまうんじゃないかと気苦労が耐えなかった。
木下あまね
木下あまね
もう風邪、治ったかな
考えてみれば、あの日から今日まで、毎日こんな調子で悪魔くんのことを思い出す日が続いている気がする。

……夏風邪はタチが悪いって聞くし、あれ以上こじらせてなきゃいいんだけど。

お兄ちゃんと別れて教室まで向かう道、そんなことを考えながら歩いた。
***
赤澤 七海
赤澤 七海
あまね〜♡
おはよ!
木下あまね
木下あまね
おはよう、ななちゃん!
赤澤 七海
赤澤 七海
2学期もあまねは可愛いね〜
夏休みの後半は全然会えなくて
寂しかったよ〜
木下あまね
木下あまね
私も会えなくて寂しかった〜
ななちゃん旅行どうだった?
教室に入るなり抱きついて来たななちゃん。

夏休み後半、ななちゃんは沖縄に家族旅行へ行っていて、しばらく会えない日が続いていた。

毎日のように連絡を取ってたのに、何だかすごく久しぶりな気がしてしまう。

赤澤 七海
赤澤 七海
楽しかったよ〜!
食べ物が美味しくて、海は綺麗で。
今度はあまねと行きたいな〜
木下あまね
木下あまね
いいなぁ〜!羨ましい!
いつか私もななちゃんと
どこか旅行に行きたいなぁ
赤澤 七海
赤澤 七海
絶対行こうね!
はい、これお土産♡
赤澤 七海
赤澤 七海
こっちがちゅら玉で
これが安定の紅芋タルトね〜
木下あまね
木下あまね
わぁ〜!ななちゃん
ありがとう、嬉しい
ちゅら玉なんて、初めて見た。
暖かくて淡いピンク色が可愛くて、ついつい見入ってしまう。
赤澤 七海
赤澤 七海
……あとね、これ。
大天使様に渡してくれる?
木下あまね
木下あまね
緑色のちゅら玉
……お兄ちゃんに?
木下あまね
木下あまね
自分であげたらいいのに!
お兄ちゃん喜ぶと思う
赤澤 七海
赤澤 七海
……いいの!私からじゃ
受け取ってもらえない可能性すらあるし
赤澤 七海
赤澤 七海
あまねに渡された方が
大天使様も嬉しいはず
木下あまね
木下あまね
そんなことないと思うけどなぁ
キラキラと光る緑色のちゅら玉。
優しいお兄ちゃんにピッタリの色だな。
木下あまね
木下あまね
……あの、ずっと気になってたんだけど
ななちゃんってお兄ちゃんのこと、
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
邪魔、入口塞ぐなよ
木下あまね
木下あまね
───っ!
ずっと気になってたことの確信に迫ろうとする私を、今日も絶好調に意地悪な声が邪魔をした。
木下あまね
木下あまね
あ、悪魔くんおはよう
木下あまね
木下あまね
そうだ……
風邪はもう良くなった?
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
……風邪なんて引いてねぇ
木下あまね
木下あまね
え?……いや、だって夏風邪
こじらせて高熱ですごい弱ってて
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
だから、風邪なんて引いてねぇ
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
夏風邪なんて
バカが引くもんだろ
木下あまね
木下あまね
じゃあ、私があの日
看病した悪魔くんは一体……?
赤澤 七海
赤澤 七海
……あまねが看病!?
ちょ、なにそれ聞いてないよ
木下あまね
木下あまね
スーパーでばったり会って
悪魔くん、辛そうだったから
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
何度も言わせんな。
風邪なんて引いてねぇし
看病なんてもっとされてねぇ
木下あまね
木下あまね
いーえ!
悪魔くんは夏風邪こじらせて
私の作ったお粥を
私に食べさせてもらって
”すげぇうまい”って言いました〜
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
……ばっ、
デカい声で言うな!!
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
んな恥ずかしい記憶は
さっさと抹消しろ、バカ
赤澤 七海
赤澤 七海
なに?夏風邪こじらせた挙句
あまねに”あーん”してもらったの?
赤澤 七海
赤澤 七海
……しかも、あまねがお粥
木下あまね
木下あまね
そう!上手に作れたんだよ〜
ね?悪魔くん
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
そんな記憶はねぇ
木下あまね
木下あまね
この前は素直で可愛かったのに
なんか、夏風邪を引く前よりも悪魔レベルが爆上がりしてる気がするのは私だけかな?

プライドが高い悪魔くんのことだから、私に弱さを見せたってこと、周りに知られたくないのかもな。
木下あまね
木下あまね
そうだ!今度ななちゃんにも何か
作ってあげたいなって思って
レシピ本、買っちゃった♡
赤澤 七海
赤澤 七海
うっ……ダメだ、可愛い
嫁にしたい
木下あまね
木下あまね
頑張って料理、練習するね!
赤澤 七海
赤澤 七海
あまねが作ったものなら
例え真っ黒に焦げてたって
砂糖と塩間違えてたって
魔女のスープ並に闇色だって
残さず食べる自信があるよ〜
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
ったく、付き合ってらんね
私とななちゃんに一度呆れた視線をくれた悪魔くんは、私の横をすり抜けて自分の席へと向かっていく。
木下あまね
木下あまね
……でも、まぁ。
風邪治ったみたいで良かった
そんな悪魔くんの後ろ姿に、独り言を呟けば、少しだけ笑みがこぼれる。

いつもよりパワーアップした悪魔くんは、可愛くないけど、弱ってるよりずっといい。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
……あ、
───ピタッと足を止めて振り向いた悪魔くんが、再び私へと向かって歩いてくる。

え?と思いながらも声は出ず、体は緊張からやや身構えてしまう。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
人んちのキッチンに忘れ物すんな
木下あまね
木下あまね
え……っ、
私の左手を優しくすくい上げた悪魔くんは、ブレザーのポケットから何やら取り出すと、迷うことなくそれを私の薬指にはめた。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
これ見っけた母親が
騒ぎ立てて大変だったんだぞ
木下あまね
木下あまね
……これ、私の指輪だ
あの日、お粥を作るために手を綺麗に洗おうと思って指輪を外して……そのまま忘れちゃったんだ。

夏休みのオシャレのお供にと、期間限定で付けていたお気に入りの指輪だったのに、忘れて来たことに今の今まで気付かないなんて。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
おかげで”今度連れてこい”って
母親が張り切っててうるせぇし
木下あまね
木下あまね
ご、ごめんね?
忘れてること、全然気付かなくて
私で良かったらお母さんに会うよ!
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
っ……だから!
お前はいつも言葉選びが
安易すぎるんだよ、バカ
木下あまね
木下あまね
悪魔くんはバカバカ言い過ぎ!
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
……とにかく、返したかんな
今度こそ自分の席へと向かっていく背中。

優しいのか意地悪なのか分からない悪魔くんに、振り回されっぱなしなのに、不思議と嫌じゃない。
赤澤 七海
赤澤 七海
え、なに?普通に返せばよくない?
わざわざ左手の薬指に付ける必要って
…… あぁ、なんだろ、この胃もたれ感
悪魔くんが付けてくれた指輪を指の上からギュッと握りしめる。

決して高い指輪じゃないのに、キラキラして見えるのはどうしてだろう。

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