第11話

悪魔くんは風邪で弱っています
10,214
2020/08/23 05:57
───夏休みも終わりに近づいたある日。


風は生ぬるく、ジメッとしている。
日差しは容赦なく私を照らして、こめかみの辺りをツーッと汗が流れていく。
木下あまね
木下あまね
暑いよ〜
木下あまね
木下あまね
お兄ちゃんがいたら
一緒に来てくれただろうな
木下あまね
木下あまね
そしたらスーパーまでの道のりも
もう少し短く感じたかも……
お母さんに頼まれて、近所のスーパーへ向かっている今、暑さと寂しさから、つい独り言がこぼれる。

このところ、お兄ちゃんは夏休みだっていうのにほとんど毎日学校に行ってしまう。

お兄ちゃんいわく高校3年の夏は、進路に向けての大詰めらしい。進学予定のお兄ちゃんは、ひたすら苦手科目の講習と面接練習をしているとか……。

そう考えたら、私も来年の夏は忙しくしているのかな。
***

一歩スーパーの中へ入れば、冷えた空気が私の火照った体を包み込んで冷やしていく。
木下あまね
木下あまね
あー。涼しい〜
木下あまね
木下あまね
……さて、と。
まずは野菜から攻めますか
いつも来ているスーパーだけあって、何がどこに置いてあるか大体分かる。

お目当ての品をササッとカゴに入れて、次なる目的地へと移動しながら思う……私って、やれば出来る子かもしれない。
木下あまね
木下あまね
牛乳に〜
お母さんから頼まれた物をカゴに入れながら、どんどん先に進む。
木下あまね
木下あまね
あ、これお兄ちゃんが好きなやつ。
新しい味でたんだ
お兄ちゃん、今日も勉強して疲れて帰ってくるだろうし、これ買ってってあげようかな、なんて。

【オススメ商品】と書かれたコーナーに、お兄ちゃんの好きなお菓子を見つけてつい手が伸びる。

───!!
木下あまね
木下あまね
あっ、すみません……
伸ばした先で誰かの手とぶつかって、私は慌てて手を引っ込めた。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
……あまね?
聞こた声に、引き寄せられるようにして顔を上げた。
木下あまね
木下あまね
……悪魔くん!?
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
まさか、こんなとこで会うなんてな
木下あまね
木下あまね
ほんと、びっくり。
悪魔くんもこれ、好きなの?
お兄ちゃんがいつも食べているのはメープル味だけど、季節限定と書かれたそれには

”‪ꫛꫀꪝ☆甘〜い国産はちみつで仕上げました”

と書かれている。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
別に……ただ、熱のせいか
いつにも増して甘いもん食いたくて
木下あまね
木下あまね
悪魔くん甘党だもんね〜
って……え!?悪魔くん熱があるの?
言われてみれば、ほんのり赤みを帯びた顔。
やや苦しそうな呼吸……。
瞬きが多くて、焦点の合わない目。
カゴの中には大量のスポーツドリンク。

熱があるくせに悪魔くんは半袖1枚で、下はゆるくグレーのスウェット姿。
木下あまね
木下あまね
ちゃんと暖かくしてなきゃダメだよ!
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
大したことねぇよ……
じゃあな
木下あまね
木下あまね
……あ、ちょっと!
まだ昼過ぎ。
おつかいを頼まれたものたちは……お母さんが夕飯の支度を始めるまでに届ければいい。

となれば……私が今しなきゃ行けないことは1つ。
木下あまね
木下あまね
待って、悪魔くん!!
***

───羽瀬家
木下あまね
木下あまね
はい、大人しくベッドに入って
毛布に包まって下さいね〜
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
これくらい1人で出来るって!
木下あまね
木下あまね
ダメだよ!
悪魔くん、フラフラしてるもん
悪魔くんを部屋のベッドに寝かせて、上から毛布をかける。

悪魔くんのご両親は共働きで、今日も帰りは遅いらしく、家には誰もいなくて、音のない静かな空間が広がっていた。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
 ……つーか、簡単に家まで着いてくんなよ
木下あまね
木下あまね
何か飲む?
……あ、お薬飲むためには
何か食べた方がいいよね
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
いーよ。食欲ねぇし。
寝たら治るからもう帰れ
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
もしお前に風邪うつしたら
今度こそシスコン野郎に殺られる
木下あまね
木下あまね
フッ……フフ
相変わらず言葉はツンケンしてるけど、熱のせいかいつもより覇気がない。


全然怖くない悪魔くんに、つい笑ってしまった。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
……何笑ってんだよ、バカ
木下あまね
木下あまね
もう、バカバカって……
悪魔くんこそ、バカだよ
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
は?
俺のどこがバカなんだよ
木下あまね
木下あまね
弱ってるときくらい
素直に甘えたらいいのに
木下あまね
木下あまね
なんの為に
私がここにいると思ってるの?
木下あまね
木下あまね
もっと甘えていいんだよ?
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
……お前、それ
木下あまね
木下あまね
え?
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
 俺以外に言うなよ、マジで
ボソボソッと呟いて、毛布を頭までかぶる悪魔くん。

……全然聞き取れなかったけど、体調が悪いんだろうと思うと聞き返せなかった。
木下あまね
木下あまね
……おやすみ、悪魔くん。
ちょっとキッチン借りるね
***

───15分後

───コンコンッ
木下あまね
木下あまね
悪魔くん、起きてる?
木下あまね
木下あまね
お粥作ったんだけど
少しだけでも食べられそう?
1人で、しかも人様のお家のキッチンを借りて料理をするなんて思ってもみなかった。

とは言ってもお粥だけど。

何度も何度もスマホでレシピを確認しながら作ったし、味見もした。我ながら上手に出来たと思うんだけど……。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
……ん、食う
内心、『いらない』と言われたらどうしよう……なんて思っていたから、悪魔くんの返事にホッとする。
木下あまね
木下あまね
はい、どうぞ。
……お粥はじめて作ったから
お口に合うか分からないんだけど
私が言い終わるより早く、ベッドの上で体を起こした悪魔くんが「あ」と短く発して口を開けた。
木下あまね
木下あまね
……あ、って。
もしかして、食べさせろってこと?
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
…………早く
少し恥ずかしそうな悪魔くんに私まで恥ずかしくなって、慌ててお粥をスプーンですくって悪魔くんの口元へと運ぶ。
木下あまね
木下あまね
あーん。
……どうかな?
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
ん、すげぇうまい
木下あまね
木下あまね
ほんとに!?
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
……もっと
木下あまね
木下あまね
あ、はい……あーん
あの悪魔くんが、私に”あーん”してもらっているなんて、到底信じがたい。

それに…… ”すげぇうまい”だって。

もぐもぐと美味しそうに食べてくれる悪魔くんを見ていると、あー、作ってよかったなって思う。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
……あまね
木下あまね
木下あまね
ん?何、悪魔くん。
もっと食べる?
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
さんきゅーな。
……今そばにいてくれんのが
あまねで良かったわ
木下あまね
木下あまね
悪魔くん……
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
まだ、もう少しここに居ろ
木下あまね
木下あまね
……うん
どうやら夏風邪は、悪魔くんをかなり弱らせるらしい。

私の手を握る悪魔くんの手は熱に侵されてひどく熱い。そんな悪魔くんの手を握り返してしまうのは、きっと……。

悪魔くんが弱っているから、だよね?

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