───夏休みも終わりに近づいたある日。
風は生ぬるく、ジメッとしている。
日差しは容赦なく私を照らして、こめかみの辺りをツーッと汗が流れていく。
お母さんに頼まれて、近所のスーパーへ向かっている今、暑さと寂しさから、つい独り言がこぼれる。
このところ、お兄ちゃんは夏休みだっていうのにほとんど毎日学校に行ってしまう。
お兄ちゃんいわく高校3年の夏は、進路に向けての大詰めらしい。進学予定のお兄ちゃんは、ひたすら苦手科目の講習と面接練習をしているとか……。
そう考えたら、私も来年の夏は忙しくしているのかな。
***
一歩スーパーの中へ入れば、冷えた空気が私の火照った体を包み込んで冷やしていく。
いつも来ているスーパーだけあって、何がどこに置いてあるか大体分かる。
お目当ての品をササッとカゴに入れて、次なる目的地へと移動しながら思う……私って、やれば出来る子かもしれない。
お母さんから頼まれた物をカゴに入れながら、どんどん先に進む。
お兄ちゃん、今日も勉強して疲れて帰ってくるだろうし、これ買ってってあげようかな、なんて。
【オススメ商品】と書かれたコーナーに、お兄ちゃんの好きなお菓子を見つけてつい手が伸びる。
───!!
伸ばした先で誰かの手とぶつかって、私は慌てて手を引っ込めた。
聞こた声に、引き寄せられるようにして顔を上げた。
お兄ちゃんがいつも食べているのはメープル味だけど、季節限定と書かれたそれには
”ꫛꫀꪝ☆甘〜い国産はちみつで仕上げました”
と書かれている。
言われてみれば、ほんのり赤みを帯びた顔。
やや苦しそうな呼吸……。
瞬きが多くて、焦点の合わない目。
カゴの中には大量のスポーツドリンク。
熱があるくせに悪魔くんは半袖1枚で、下はゆるくグレーのスウェット姿。
まだ昼過ぎ。
おつかいを頼まれたものたちは……お母さんが夕飯の支度を始めるまでに届ければいい。
となれば……私が今しなきゃ行けないことは1つ。
***
───羽瀬家
悪魔くんを部屋のベッドに寝かせて、上から毛布をかける。
悪魔くんのご両親は共働きで、今日も帰りは遅いらしく、家には誰もいなくて、音のない静かな空間が広がっていた。
相変わらず言葉はツンケンしてるけど、熱のせいかいつもより覇気がない。
全然怖くない悪魔くんに、つい笑ってしまった。
ボソボソッと呟いて、毛布を頭までかぶる悪魔くん。
……全然聞き取れなかったけど、体調が悪いんだろうと思うと聞き返せなかった。
***
───15分後
───コンコンッ
1人で、しかも人様のお家のキッチンを借りて料理をするなんて思ってもみなかった。
とは言ってもお粥だけど。
何度も何度もスマホでレシピを確認しながら作ったし、味見もした。我ながら上手に出来たと思うんだけど……。
内心、『いらない』と言われたらどうしよう……なんて思っていたから、悪魔くんの返事にホッとする。
私が言い終わるより早く、ベッドの上で体を起こした悪魔くんが「あ」と短く発して口を開けた。
少し恥ずかしそうな悪魔くんに私まで恥ずかしくなって、慌ててお粥をスプーンですくって悪魔くんの口元へと運ぶ。
あの悪魔くんが、私に”あーん”してもらっているなんて、到底信じがたい。
それに…… ”すげぇうまい”だって。
もぐもぐと美味しそうに食べてくれる悪魔くんを見ていると、あー、作ってよかったなって思う。
どうやら夏風邪は、悪魔くんをかなり弱らせるらしい。
私の手を握る悪魔くんの手は熱に侵されてひどく熱い。そんな悪魔くんの手を握り返してしまうのは、きっと……。
悪魔くんが弱っているから、だよね?
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。