第8話

自己解決が得意になりつつあります
あれから数十分。
チラリ、見上げた時計がもうすぐ17時半を知らせようとしている。
さっきスマホを確認したら、お兄ちゃんからの着信が3件。

慌てて【もう少し図書館で勉強してから帰るね】とだけメッセージを送ったけど、きっと帰ったら心配したお兄ちゃんからの質問攻めが待っているに違いない。
江本 千冬
江本 千冬
終わった〜!
木下あまね
木下あまね
……よし、正解〜!
すごいね、千冬ちゃん
木下あまね
木下あまね
千冬ちゃん飲み込み早いし
問題たくさん解くといいかも。
受験の時もきっと役立つよ
江本 千冬
江本 千冬
……千冬、やらないだけで
やれば出来る系女子だから
木下あまね
木下あまね
……ふふっ
千冬ちゃんって天邪鬼なところもあるけど、放っておけない可愛さもあって……守ってあげたくなる妹キャラって、千冬ちゃんみたいな子を言うんだろうな。
江本 千冬
江本 千冬
そんなことより敦人♡
ご褒美ちょうだい?
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
は?
江本 千冬
江本 千冬
こんなに勉強したの久しぶりだし
すっっごい頑張った!超疲れた〜
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
知らねぇよ……
悪魔くんの肩に頭を預けて寄りかかりながら、上目遣いでお願いする千冬ちゃんは可愛い。

女の私から見ても憧れちゃうくらい。
しかも、その可愛さを自分でも分かっていて、好きな人相手に惜しみなく使っている。

……すごいなぁ。私にはできない。
江本 千冬
江本 千冬
ギューってして
『よく頑張ったな』って言って
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
なんで俺が
江本 千冬
江本 千冬
じゃあ、キスして
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
どっちもしねぇに決まってんだろ
江本 千冬
江本 千冬
いいじゃん!ケチ〜
減るもんじゃないのに
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
……言っとくけど
それだけ言って席を立った悪魔くんが、ゆっくり私の近くに歩いてくる。

そのまま、私の肩を少し抱き寄せて……
木下あまね
木下あまね
あ、悪魔くん……?
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
俺が好きなのはこいつだから
木下あまね
木下あまね
え……
悪魔くん……サラッと、今本当にサラッと凄いことを言った気がする。

思わず固まる私に負けず劣らず、千冬ちゃんも言葉をなくしてしまった。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
俺にはあまねしか見えない
大胆に迫った千冬ちゃんを、いとも簡単に蹴散らして、不敵に笑う悪魔くん。

”俺が好きなのはコイツだから”
”あまねしか見えない”

そんな甘いフレーズに意識が遠のきそうになる。
肩を引き寄せていた悪魔くんの手が、いたずらに私の髪に触れて、そのくすぐったさからビクッと肩が跳ねた。
江本 千冬
江本 千冬
……敦人、見る目なさすぎ!
木下あまね
木下あまね
なっ、否定は……できない
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
俺はあまね以上に可愛い女なんて
知らねぇけど?
暑い。……いや、熱い?
身体中から湯気でも出るんじゃないの?ってくらい、今の私は熱を帯びて沸いている。

いたずらに優しく笑う悪魔くんに切ないくらい胸は軋んで……
江本 千冬
江本 千冬
……ぅう、こんなに可愛い千冬より
そんな女の方が可愛いって言うの?
悔しそうに歪められた千冬ちゃんの顔を見て、なぜか私が罪悪感を感じている。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
だから俺はやめとけ
冷たさを含んだ声で、静かに告げられた言葉。


……あぁ、そっか。
きっとこれは全部、悪魔くんのお芝居なんだ。

千冬ちゃんの気持ちに応えられない悪魔くんが、千冬ちゃんを自分から遠ざけるための演技。

気にしちゃダメ、本気にしちゃダメ!

我ながら悪魔くんと関わるようになってから自己解決が得意になりつつある。
木下あまね
木下あまね
……っ、
千冬ちゃんの気持ちを考えても、
悪魔くんの気持ちを考えても、

なんだか今、とても切ないシーンに立ち会っていて、そんな中で私は千冬ちゃんに諦めてもらうための材料として使われたのかと思うと、何とも複雑な気持ち。

……私なんかじゃ材料として弱いよ、悪魔くん。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
ってわけだから、もう
江本 千冬
江本 千冬
……ますます燃えてきた
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
……は?
江本 千冬
江本 千冬
絶対、敦人を千冬のものにする!!
木下あまね
木下あまね
も、燃えちゃった……
悪魔くんの作戦は、逆に小悪魔の心に油を注ぐ結果となってしまったらしい。

ギュッと悪魔くんに抱きついて頬をブクッと膨らませる千冬ちゃんに、悪魔くんはこめかみを押さえながらため息をこぼした。
木下 伊織
木下 伊織
あまね?
そんな2人を苦笑いで見つめる私に聞こえてきた、よく知った優しい声。

だけど、心臓は強くドクンと嫌な音を立てた。
木下あまね
木下あまね
……お、お兄ちゃん
木下 伊織
木下 伊織
雨降ってきたから
あまね傘もってないと思って
迎えに来た
お兄ちゃんの言葉に窓の外を見れば、確かに雨が降っている。……全然気付かなかった。

こんな雨の中、迎えに来てくれるなんてお兄ちゃんは優しさで出来ているのかもしれない。

図書館だってことも忘れてパタパタと音を立てながらお兄ちゃんに駆け寄れば、お兄ちゃんの視線が私から私の後ろにいる悪魔くんへ移った気がした。
木下あまね
木下あまね
さ、先に連絡しなくてごめんね
木下 伊織
木下 伊織
俺のあまねが無事ならそれでいいよ
……けど、なんでアイツがここにいるの?
木下あまね
木下あまね
あ、……えっと
どうしよう、そう言えば悪魔くんとお兄ちゃんってなぜか犬猿の仲なんだった。

このままじゃ、きっとまた喧嘩になる。
できればそれは避けたい……けど。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
さっすがシスコン。
精が出るな
木下あまね
木下あまね
ちょ、悪魔くん!!
わざわざ喧嘩になるようなこと
言わなくてもいいでしょ?
お兄ちゃんに悪態をつく悪魔くんに、喧嘩は不可避なのだと悟る。
木下 伊織
木下 伊織
……こいつだけはマジで、許さねぇ💢
木下 伊織
木下 伊織
は?女連れ?しかもセーラー服……中学生?
へぇ、羽瀬ってロリコン?趣味悪いね
対するお兄ちゃんは完璧な笑顔で毒を吐く。

……なんでこの2人、こんなに仲悪いんだろう。
江本 千冬
江本 千冬
はぁ?千冬のどこが悪趣味なのよ!
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
……勘違いすんな
俺はロリコンじゃねぇ
木下 伊織
木下 伊織
どーだか?
木下 伊織
木下 伊織
まぁ、俺としては助かるよ
羽瀬くんが悪趣味なロリコンで
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
だから、俺はロリコンじゃ
木下 伊織
木下 伊織
あぁ、念のため言っとくけど
木下 伊織
木下 伊織
”俺の可愛いあまね”に
手出さないでよね?
木下あまね
木下あまね
お、お兄ちゃん……っ
「帰ろ」と私の手を引いて歩き出すお兄ちゃんに小さく頷いてはみるけれど。


歩き出す寸前、私に向かって言い放った悪魔くんの言葉が、頭の中をグルグル回って消えない。


───あまね、さっきの本気だから。