あれから数十分。
チラリ、見上げた時計がもうすぐ17時半を知らせようとしている。
さっきスマホを確認したら、お兄ちゃんからの着信が3件。
慌てて【もう少し図書館で勉強してから帰るね】とだけメッセージを送ったけど、きっと帰ったら心配したお兄ちゃんからの質問攻めが待っているに違いない。
千冬ちゃんって天邪鬼なところもあるけど、放っておけない可愛さもあって……守ってあげたくなる妹キャラって、千冬ちゃんみたいな子を言うんだろうな。
悪魔くんの肩に頭を預けて寄りかかりながら、上目遣いでお願いする千冬ちゃんは可愛い。
女の私から見ても憧れちゃうくらい。
しかも、その可愛さを自分でも分かっていて、好きな人相手に惜しみなく使っている。
……すごいなぁ。私にはできない。
それだけ言って席を立った悪魔くんが、ゆっくり私の近くに歩いてくる。
そのまま、私の肩を少し抱き寄せて……
悪魔くん……サラッと、今本当にサラッと凄いことを言った気がする。
思わず固まる私に負けず劣らず、千冬ちゃんも言葉をなくしてしまった。
大胆に迫った千冬ちゃんを、いとも簡単に蹴散らして、不敵に笑う悪魔くん。
”俺が好きなのはコイツだから”
”あまねしか見えない”
そんな甘いフレーズに意識が遠のきそうになる。
肩を引き寄せていた悪魔くんの手が、いたずらに私の髪に触れて、そのくすぐったさからビクッと肩が跳ねた。
暑い。……いや、熱い?
身体中から湯気でも出るんじゃないの?ってくらい、今の私は熱を帯びて沸いている。
いたずらに優しく笑う悪魔くんに切ないくらい胸は軋んで……
悔しそうに歪められた千冬ちゃんの顔を見て、なぜか私が罪悪感を感じている。
冷たさを含んだ声で、静かに告げられた言葉。
……あぁ、そっか。
きっとこれは全部、悪魔くんのお芝居なんだ。
千冬ちゃんの気持ちに応えられない悪魔くんが、千冬ちゃんを自分から遠ざけるための演技。
気にしちゃダメ、本気にしちゃダメ!
我ながら悪魔くんと関わるようになってから自己解決が得意になりつつある。
千冬ちゃんの気持ちを考えても、
悪魔くんの気持ちを考えても、
なんだか今、とても切ないシーンに立ち会っていて、そんな中で私は千冬ちゃんに諦めてもらうための材料として使われたのかと思うと、何とも複雑な気持ち。
……私なんかじゃ材料として弱いよ、悪魔くん。
悪魔くんの作戦は、逆に小悪魔の心に油を注ぐ結果となってしまったらしい。
ギュッと悪魔くんに抱きついて頬をブクッと膨らませる千冬ちゃんに、悪魔くんはこめかみを押さえながらため息をこぼした。
そんな2人を苦笑いで見つめる私に聞こえてきた、よく知った優しい声。
だけど、心臓は強くドクンと嫌な音を立てた。
お兄ちゃんの言葉に窓の外を見れば、確かに雨が降っている。……全然気付かなかった。
こんな雨の中、迎えに来てくれるなんてお兄ちゃんは優しさで出来ているのかもしれない。
図書館だってことも忘れてパタパタと音を立てながらお兄ちゃんに駆け寄れば、お兄ちゃんの視線が私から私の後ろにいる悪魔くんへ移った気がした。
どうしよう、そう言えば悪魔くんとお兄ちゃんってなぜか犬猿の仲なんだった。
このままじゃ、きっとまた喧嘩になる。
できればそれは避けたい……けど。
お兄ちゃんに悪態をつく悪魔くんに、喧嘩は不可避なのだと悟る。
対するお兄ちゃんは完璧な笑顔で毒を吐く。
……なんでこの2人、こんなに仲悪いんだろう。
「帰ろ」と私の手を引いて歩き出すお兄ちゃんに小さく頷いてはみるけれど。
歩き出す寸前、私に向かって言い放った悪魔くんの言葉が、頭の中をグルグル回って消えない。
───あまね、さっきの本気だから。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!