第15話

強引な大魔王様に押され気味です
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2020/09/20 04:00
先生
今日は教科書の400ページ。
夏目漱石のこころ
───2日後。

体調もすっかり快復して、やっと学校に来られた頃には金曜日になってしまった。

ななちゃんとの再会を喜びあって、久しぶりの授業を受けながら……私の頭を埋め尽くしている2つのこと。

大魔王様からされた雨の日のキス、と。
悪魔くんにされた……気がする、熱の日のキス。
先生
はい、じゃあ……江本くん
始めから読んでくれる?
江本 夏樹
江本 夏樹
……はぁ
先生に当てられて分かりやすく嫌そうな顔をする江本くんは、教科書を持つでもなく、立ち上がるでもなく、頬杖をつきながら読み始める。
江本 夏樹
江本 夏樹
わたくしはその人を
常に先生と呼んでいた。
聞こえてくる声にやけに反応してしまうのは、あの雨の日に言われた言葉がチラつくから。

───お前見てるとムカつくんだよ。
江本 夏樹
江本 夏樹
───よそよそしい頭文字などは
とても使う気にならない。
一段落読み終えて、先生の「ありがとう」の言葉に窓の外へと視線を投げた大魔王様。

何を考えているのかサッパリ分からない江本くんにブレザーを返せないまま、もう数日が経ってしまった。
先生
じゃあ、次。
2段落目を〜
授業が終わったら、江本くんにブレザーを返して。
それから、キスの真意も聞くべきなんだろうか。

それともこのまま、何もなかったことにする?

あぁ、もう……分かんないよ。
先生
呑気にあくびしてる羽瀬くん
お願いね
───ドキッ
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
……厄日かよ
先生
ん?今、何か言った?
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
……私が先生と知り合いに
なったのは鎌倉である。
聞こえてくる悪魔くんの声にドキドキして、お見舞いに来てくれた時のことを思い出す。

優しく笑った顔、頭を撫でる手、絡まる指先。
それから……あのキスは私の夢なのか、それとも現実なのか。

……悪魔くんに直接確かめる勇気が、まだ湧いてこない。
木下あまね
木下あまね
っ!!
ずっと悪魔くんを見ていたせいで、読み終えた悪魔くんが私の視線に気付く。

ベッと舌を出したあと、誰にも分からないように、口パクで「バ・カ」と言われても、悔しいどころか……ちょっと嬉しいなんて。

こんなこと、ななちゃんにも言えないよ。
***

───休み時間。

次の授業の準備を終わらせて、教室を見渡す。

そこにはもう、江本くんの姿はない。
……行先は恐らく、保健室か自販機。
赤澤 七海
赤澤 七海
あまね?
どうかしたの?
木下あまね
木下あまね
あ……ううん!
ちょっと、ジュース買いに行ってくる
赤澤 七海
赤澤 七海
ついてこうか?
木下あまね
木下あまね
大丈夫!すぐ戻るから
何か言いた気なななちゃんを残して、ロッカーからブレザーを手に、私は急いで江本くんを探すため教室を出た。
***

───やっぱり、いた。
木下あまね
木下あまね
江本くん……!
自販機に続く廊下。自販機の前に江本くんの後ろ姿を見つけて思わず叫ぶ。

ゆっくり振り向いた江本くんの視線は、私を捉えてすぐに伏し目がちに足元へと落ちた。
江本 夏樹
江本 夏樹
悪かったな、風邪引かせて
まさか、謝られるなんて思ってなくて、驚きつつも慌てて横に首を振った。
木下あまね
木下あまね
こちらこそ、ブレザー
借りっぱなしでごめん!
ありがとうございました
江本 夏樹
江本 夏樹
……少しくらい怒れよ
木下あまね
木下あまね
え?
江本 夏樹
江本 夏樹
……生まれた時から財閥の御曹司で、
じいちゃんはこの学校に毎年
多額の寄付をしてるサポーター
木下あまね
木下あまね
……?
江本 夏樹
江本 夏樹
そのせいで、先生もクラスメイトも
”財閥の息子”としてしか俺を見ない
江本 夏樹
江本 夏樹
何をしたって評価は変わらない。
勉強しようが寝てようが
常に成績はオール5……フッ
江本 夏樹
江本 夏樹
誰も、俺自身のことなんて
見ようとも知ろうともしない
木下あまね
木下あまね
……っ、
江本くんがみんなに、”大魔王”と呼ばれているのは、放つオーラが近寄り難いからだと思っていた。

だけど、違った───。
”お金持ちのスカしたやつ”

そんな妬みや偏見が生み出した、最悪な言葉だった。
江本 夏樹
江本 夏樹
だけど───。
みんなに平等に愛振りまいて
何があっても嫌な顔1つしない
江本 夏樹
江本 夏樹
俺なんかにも平気で笑いかけて
騙さたってヘラヘラ笑って
江本 夏樹
江本 夏樹
みんなから愛されて、守られて、
必要とされてるお前見てると……
すげぇムカつく
あと一歩で江本くんに触れる、そんな距離まで気付いた江本くんの顔はこんな時だって言うのに感情の読めないポーカーフェイスのまま。

対する私は、江本くんの気持ちを考えると……苦しくて、悔しくて、胸が押し潰されそうになる。
木下あまね
木下あまね
……江本くん、
なんて声をかけたらいいのか分からなくて、言葉を探す私を……

次の瞬間、江本くんが力強く引き寄せた。

江本くんの体温と心臓の音を感じる。
少しでもこの苦しみに寄り添いたい……そう思う気持ちは嘘じゃないのに。
江本 夏樹
江本 夏樹
好きになれよ
江本 夏樹
江本 夏樹
俺のことも、好きになれ
木下あまね
木下あまね
……っ、
 江本くんを救ってあげたいと思う気持ちは嘘じゃないのに、江本くんに抱きしめられている今、私の脳裏を過ったのは───。

いつも意地悪で、なのに優しいあの人。

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