───2日後。
体調もすっかり快復して、やっと学校に来られた頃には金曜日になってしまった。
ななちゃんとの再会を喜びあって、久しぶりの授業を受けながら……私の頭を埋め尽くしている2つのこと。
大魔王様からされた雨の日のキス、と。
悪魔くんにされた……気がする、熱の日のキス。
先生に当てられて分かりやすく嫌そうな顔をする江本くんは、教科書を持つでもなく、立ち上がるでもなく、頬杖をつきながら読み始める。
聞こえてくる声にやけに反応してしまうのは、あの雨の日に言われた言葉がチラつくから。
───お前見てるとムカつくんだよ。
一段落読み終えて、先生の「ありがとう」の言葉に窓の外へと視線を投げた大魔王様。
何を考えているのかサッパリ分からない江本くんにブレザーを返せないまま、もう数日が経ってしまった。
授業が終わったら、江本くんにブレザーを返して。
それから、キスの真意も聞くべきなんだろうか。
それともこのまま、何もなかったことにする?
あぁ、もう……分かんないよ。
───ドキッ
聞こえてくる悪魔くんの声にドキドキして、お見舞いに来てくれた時のことを思い出す。
優しく笑った顔、頭を撫でる手、絡まる指先。
それから……あのキスは私の夢なのか、それとも現実なのか。
……悪魔くんに直接確かめる勇気が、まだ湧いてこない。
ずっと悪魔くんを見ていたせいで、読み終えた悪魔くんが私の視線に気付く。
ベッと舌を出したあと、誰にも分からないように、口パクで「バ・カ」と言われても、悔しいどころか……ちょっと嬉しいなんて。
こんなこと、ななちゃんにも言えないよ。
***
───休み時間。
次の授業の準備を終わらせて、教室を見渡す。
そこにはもう、江本くんの姿はない。
……行先は恐らく、保健室か自販機。
何か言いた気なななちゃんを残して、ロッカーからブレザーを手に、私は急いで江本くんを探すため教室を出た。
***
───やっぱり、いた。
自販機に続く廊下。自販機の前に江本くんの後ろ姿を見つけて思わず叫ぶ。
ゆっくり振り向いた江本くんの視線は、私を捉えてすぐに伏し目がちに足元へと落ちた。
まさか、謝られるなんて思ってなくて、驚きつつも慌てて横に首を振った。
江本くんがみんなに、”大魔王”と呼ばれているのは、放つオーラが近寄り難いからだと思っていた。
だけど、違った───。
”お金持ちのスカしたやつ”
そんな妬みや偏見が生み出した、最悪な言葉だった。
あと一歩で江本くんに触れる、そんな距離まで気付いた江本くんの顔はこんな時だって言うのに感情の読めないポーカーフェイスのまま。
対する私は、江本くんの気持ちを考えると……苦しくて、悔しくて、胸が押し潰されそうになる。
なんて声をかけたらいいのか分からなくて、言葉を探す私を……
次の瞬間、江本くんが力強く引き寄せた。
江本くんの体温と心臓の音を感じる。
少しでもこの苦しみに寄り添いたい……そう思う気持ちは嘘じゃないのに。
江本くんを救ってあげたいと思う気持ちは嘘じゃないのに、江本くんに抱きしめられている今、私の脳裏を過ったのは───。
いつも意地悪で、なのに優しいあの人。