───教室に続く廊下を悪魔くんと一緒に歩く。
やけに久しぶりに感じる悪魔くん。
傍にいるだけでドキドキして、嬉しくて、だけど優しくされるだけで泣きたくて。
色んな感情がゴチャゴチャになって私を襲う。
勢いよく私を振り返って、その反動で大きく揺れたペンキの缶に「重っ」と顔をしかめる悪魔くん。
……もう少し、あと少し。
悪魔くんといられるこの時間がもっともっと続けばいいのにって、非現実的なことを考えていた私に、教室のドアが見えた。
顔だけ振り返った悪魔くんに、 何にも例えがたい切ない感情が襲った。
ギュ〜ッて苦しいのに、不思議と嫌じゃないの。
悪魔くんが私のこと嫌いなのは分かってるけど、それでも、簡単には消えてなくならないこの気持ち。
いっそ、知らなければ幸せだったのかな。
だけど、知ってしまったからには向き合うしかない。自分の気持ちに素直でありたい。
こんな気持ちを抱えたまま、ずっとモヤモヤしてるのは嫌だなって思うから。
せっかく、悪魔くんが教えてくれた気持ちだから。
悪魔くんがくれた気持ちなんだから。
見つめる先、悪魔くんの両手にはペンキ。
そのまま呆然と私を見ている悪魔くんに、つい、笑ってしまう。
私の告白に悪魔くんの瞳が大きく揺れた。
驚きすぎて半開きの口から言葉が発せられることはなくて、悪魔くんが今、何を思っているのかなんて分からないけど。
笑いながらペコりと小さく頭を下げれば、私の中のモヤモヤは、綺麗さっぱり消えてなくなった。
こんなに晴れやかな気持ちはいつぶりだろう。
私きっと、ずっと、伝えたかったんだ。
悪魔くんに素直に「好き」ってことを。
悪魔くんが私を好きか嫌いかなんて関係ない。だって、私が悪魔くんを好きなことは変わらないんだから。
悪魔くんからペンキの缶を取り返して、ニコリと笑う。
背中を向けて、教室に入ろうとした私を悪魔くんが呼び止めた時───。
廊下の向こう側からものすごい速さで走ってくるクラスの衣装係。
抵抗虚しく、悪魔くんは引きずられるように衣装合わせへと連行されてしまった。
その後ろ姿を見つめながら、小さく笑いがこぼれる。頑張れ、クラスの稼ぎ柱!
***
───空は紅く染まって夕暮れを知らせる。
中庭はすっかり紅葉が進んで、秋の顔をしていた。
作業も無事に終わりを迎えて、残すは明日の文化祭を楽しむだけ。
だけど、その前に───。
江本くんに言わなきゃいけないことがある。
猫さんのことになると、本当に優しい顔をする。
江本くんは、家がお金持ちなせいでみんなが自分自身を見てくれないって言ってたけど。
最近は、きっとみんな気付き始めてる。
こんなに優しい顔ができる人だってこと。
もっともっとたくさんの人が知ってくれたらいいな。
フッ、と笑って私の顔をチラリと見たあと、猫さんに視線を移しながら江本くんは呟いた。
───ドキッ
もっと伝えたいことは沢山あったのに、いざ江本くんを前にしたら、言いたいことがまとまらなかった。
それでも、優しい顔で話を聞いてくれる江本くんには頭が上がらない。
───ありがとう、江本くん。