体温計を見つめながら呟いたお母さんの隣で、お兄ちゃんが心底心配そうな顔を見せる。
お兄ちゃんより先に帰宅した私は、ずぶ濡れで帰宅した理由を『傘を忘れちゃって……』と誤魔化した。
『連絡くれたら兄ちゃん置き傘あったのに』と私が風邪をひく心配をしてくれるお兄ちゃんに『大丈夫』と笑い飛ばした矢先のコレだもん。
ほんと、嫌になる。
「ほら、お兄ちゃんがいたらあまねが休まらない」と、笑顔で毒づいたお母さんはお兄ちゃんを廊下へと連れ出して階段を降りて行く。
ほんわかしていて抜けてる所もあるけれど、誰よりも優しくて、何を作らせても美味しくて、時にはしっかり叱ってくれる。そんな自慢のお母さん。
昨日、持ち帰った江本くんのブレザーを見ても変に深掘りすることなく「型崩れさせないように洗って、アイロンかけないとね」と笑ってくれた。
階段下から聞こえた声に、小さく返事をしてみるけれど聞こえたかは微妙なところ。
とにかく、今は……少しだけ眠ろう。
***
七海side
2年の教室まで訪ねてきた大天使様に呼び出され、内心ドキドキしながら廊下へ出た私に、大天使様はあまねのお休みを告げた。
なぜか、素直になれない。
大天使様の前では可愛くありたいと思いながらも、いざとなると余計なことを口走る。
……今日もまた、やってしまった。
後悔はいつも後からばかり押し寄せて、私からどんどん自信を奪っていく。
───ドキッ
大天使様が振り向きざまに発したのは、いつもの”アホ澤”じゃなかった。
私はあまねが大好きだから、あまねの恋は応援したい。もちろん、幸せになって欲しい。
だけど、私は大天使様が悲しむところも見たくない。……だから気休めだとしても、大天使様に冷静さと忍耐力を授けたくなったのだ。
この人、どんなつもりで言ってるんだろう。
今はまだ素直になれない私だけど。
もしその時が来たら、寂しがる暇なんてないくらいに私が愛を伝えるので、覚悟してください。
***
あまねside
───夕方
お母さんが作ってくれた美味しいお粥を食べて、薬を飲んで、たっぷり眠ったはずなのに。
相変わらずダルさが続いていることを不思議に思って、熱を測れば朝より上昇していることを知らされた。
どおりで、クラクラするわけだ。
時間的にみんな下校した頃。朝届いたななちゃんからのお見舞いメッセージを読み返しながら恋しく思う。
そんな時、コンコンッと聞こえたノック音。
適当な返事をして、ドアに視線を向ければ───。
てっきりお母さんだとばかり思っていたのに、そこに立っているのは制服姿の悪魔くん。
差し出されたビニール袋の中には、沢山のゼリーやヨーグルト、プリン。
この量、絶対コンビニのやつ買い占めたよね。
こないだの借りって、悪魔くんが夏風邪こじらせた時のことかな。
「光栄に思えよ」と口角を上げる意地悪モードの悪魔くんは、ベッドの側までくると、優しく私の頭を撫でて、手を握り指を絡める。
滅多に見せない悪魔くんのとびっきり優しい笑顔に、キュンッと胸が音を立てる。
繋がれた手から、悪魔くんへと熱が逃げていく気がして心地いい。
部屋着だし、すっぴんだし、おでこには冷却シートが貼ってあるし。どうせなら、もっと可愛くしている時に会いたかったな……なんて、私はどうかしちゃったのかな。
ふわふわと、高熱のせいで意識が遠のいて行く。
目を開けてられなくなって、夢の中へと引きずり込まれる感覚。
優しく頭を撫でられて、悪魔くんの「おやすみ」が耳元で聞こえた気がした。
あれ?今、唇に触れるだけの優しい……キス?
違う、夢?
やけにリアルな感触と、鼻を掠めた悪魔くんの香りが甘く広がっていく。
……夢じゃなきゃいいなって思う私がいる。