第14話

夢?……それとも現実ですか?
9,368
2020/09/13 04:00
お母さん
お母さん
これじゃ、
学校はお休みね〜
木下 伊織
木下 伊織
38.8℃……って。
あまね、大丈夫?
完全に昨日の雨のせいじゃん
体温計を見つめながら呟いたお母さんの隣で、お兄ちゃんが心底心配そうな顔を見せる。

お兄ちゃんより先に帰宅した私は、ずぶ濡れで帰宅した理由を『傘を忘れちゃって……』と誤魔化した。

『連絡くれたら兄ちゃん置き傘あったのに』と私が風邪をひく心配をしてくれるお兄ちゃんに『大丈夫』と笑い飛ばした矢先のコレだもん。

ほんと、嫌になる。
木下 伊織
木下 伊織
寒くない?毛布足そうか?
木下あまね
木下あまね
ありがとうお兄ちゃん
平気だよ
木下 伊織
木下 伊織
……俺のあまねが弱ってる
そうだ!氷枕用意してく、
お母さん
お母さん
こらこら。
お兄ちゃんはそろそろ学校!
急がないと遅刻しちゃうぞ
木下 伊織
木下 伊織
こんな弱ったあまね残して
学校なんて行けないよ
お母さん
お母さん
受験生がバカ言わないの〜!
あまねはお母さんが
しっかり看病するから、ね
木下あまね
木下あまね
お兄ちゃん、
一緒に行けなくてごめんね
木下 伊織
木下 伊織
謝らないでよ。寂しいけど。
あまねは早く熱下がるように
暖かくしてたくさん寝ること!
木下あまね
木下あまね
……うん、分かった。
行ってらっしゃいお兄ちゃん
「ほら、お兄ちゃんがいたらあまねが休まらない」と、笑顔で毒づいたお母さんはお兄ちゃんを廊下へと連れ出して階段を降りて行く。

ほんわかしていて抜けてる所もあるけれど、誰よりも優しくて、何を作らせても美味しくて、時にはしっかり叱ってくれる。そんな自慢のお母さん。

昨日、持ち帰った江本くんのブレザーを見ても変に深掘りすることなく「型崩れさせないように洗って、アイロンかけないとね」と笑ってくれた。
お母さん
お母さん
あまね〜!
お粥作ってあげるから
できるまで寝ててね〜?
木下あまね
木下あまね
はーい
階段下から聞こえた声に、小さく返事をしてみるけれど聞こえたかは微妙なところ。

とにかく、今は……少しだけ眠ろう。
***
七海side
木下 伊織
木下 伊織
ってわけだから、
今日はあまね休み
赤澤 七海
赤澤 七海
えぇ、そんな高熱……
代わってあげたい
2年の教室まで訪ねてきた大天使様に呼び出され、内心ドキドキしながら廊下へ出た私に、大天使様はあまねのお休みを告げた。
赤澤 七海
赤澤 七海
わざわざ私に伝えるためだけに
来てくれたんですか?暇ですね
木下 伊織
木下 伊織
暇じゃないから💢
人の善意を無駄にするの好きだよね
赤澤 七海
赤澤 七海
そんな褒められると照れますね
木下 伊織
木下 伊織
褒めてない。
ま、精々1人で寂しく過ごしなよ
赤澤 七海
赤澤 七海
……っ、
なぜか、素直になれない。
大天使様の前では可愛くありたいと思いながらも、いざとなると余計なことを口走る。

……今日もまた、やってしまった。
後悔はいつも後からばかり押し寄せて、私からどんどん自信を奪っていく。
木下 伊織
木下 伊織
そう言えば……赤澤
赤澤 七海
赤澤 七海
へ……?
───ドキッ

大天使様が振り向きざまに発したのは、いつもの”アホ澤”じゃなかった。
木下 伊織
木下 伊織
カップケーキとちゅら玉とかいうの
あまねから受け取った、ありがとね
赤澤 七海
赤澤 七海
いえ……。緑色は、忍耐力と
冷静さを与えるそうです
木下 伊織
木下 伊織
……へぇ。
それをなんで俺に?
赤澤 七海
赤澤 七海
この先、もしあまねにとっての
1番が大天使様じゃなくなっても
穏やかに笑って忍耐して欲しくて
私はあまねが大好きだから、あまねの恋は応援したい。もちろん、幸せになって欲しい。

だけど、私は大天使様が悲しむところも見たくない。……だから気休めだとしても、大天使様に冷静さと忍耐力を授けたくなったのだ。
木下 伊織
木下 伊織
なるほど、
あまね離れしろってわけか。
……断る!
赤澤 七海
赤澤 七海
そんな、子どもじゃないんだから
木下 伊織
木下 伊織
……でも、もし。
俺があまね離れする時が来たら、
その時は、アホ澤が隣にいてよ
この人、どんなつもりで言ってるんだろう。
赤澤 七海
赤澤 七海
……っ、仕方ないですね。
指名料すごく高いですからね
今はまだ素直になれない私だけど。
もしその時が来たら、寂しがる暇なんてないくらいに私が愛を伝えるので、覚悟してください。
***
あまねside

───夕方
木下あまね
木下あまね
39.2℃
嘘、朝より上がってる
お母さんが作ってくれた美味しいお粥を食べて、薬を飲んで、たっぷり眠ったはずなのに。

相変わらずダルさが続いていることを不思議に思って、熱を測れば朝より上昇していることを知らされた。

どおりで、クラクラするわけだ。
木下あまね
木下あまね
ゴホッ……ゴホッ
木下あまね
木下あまね
明日も学校無理かなぁ
ななちゃんに会いたい
時間的にみんな下校した頃。朝届いたななちゃんからのお見舞いメッセージを読み返しながら恋しく思う。

そんな時、コンコンッと聞こえたノック音。
木下あまね
木下あまね
はーい
適当な返事をして、ドアに視線を向ければ───。
木下あまね
木下あまね
え……?
てっきりお母さんだとばかり思っていたのに、そこに立っているのは制服姿の悪魔くん。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
馬鹿は風邪、
引かないんじゃねぇのかよ
木下あまね
木下あまね
悪魔くんの、幻覚……
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
は?誰が幻覚だよ
ほらコレ……食えそうか?
差し出されたビニール袋の中には、沢山のゼリーやヨーグルト、プリン。

この量、絶対コンビニのやつ買い占めたよね。
木下あまね
木下あまね
悪魔くんが優しい、夢?
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
なんでそうなるんだよ
木下あまね
木下あまね
じゃあ、本物の悪魔くん?
どうして……
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
赤澤に家の場所聞いて
こないだの借り、返しに来た
こないだの借りって、悪魔くんが夏風邪こじらせた時のことかな。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
「わざわざお見舞いに来て下さるなんて
優しい彼氏さんで嬉しいわ〜♡」って。
……お前の母親って感じだな、あの人
木下あまね
木下あまね
か、彼氏?
もうお母さんってば、勘違い……
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
あえて否定しないでおいた
「光栄に思えよ」と口角を上げる意地悪モードの悪魔くんは、ベッドの側までくると、優しく私の頭を撫でて、手を握り指を絡める。
木下あまね
木下あまね
……あ、悪魔くん
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
熱いな……。
もう寝ろ
木下あまね
木下あまね
でも、
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
ちょっと顔見に来ただけだし、
お前が寝たの見届けたら帰る
滅多に見せない悪魔くんのとびっきり優しい笑顔に、キュンッと胸が音を立てる。

繋がれた手から、悪魔くんへと熱が逃げていく気がして心地いい。

部屋着だし、すっぴんだし、おでこには冷却シートが貼ってあるし。どうせなら、もっと可愛くしている時に会いたかったな……なんて、私はどうかしちゃったのかな。
木下あまね
木下あまね
熱上げて良かったかも
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
は?
木下あまね
木下あまね
優しい悪魔くんに、会えたから
ふわふわと、高熱のせいで意識が遠のいて行く。
目を開けてられなくなって、夢の中へと引きずり込まれる感覚。

優しく頭を撫でられて、悪魔くんの「おやすみ」が耳元で聞こえた気がした。
羽瀬 敦人
羽瀬 敦人
可愛すぎなんだよ、バカ
あれ?今、唇に触れるだけの優しい……キス?

違う、夢?

やけにリアルな感触と、鼻を掠めた悪魔くんの香りが甘く広がっていく。

……夢じゃなきゃいいなって思う私がいる。

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