第17話

不器用な優しさ
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2021/01/15 04:00
涙ぐみそうになって、慌てて唇を噛み締める。

泣いちゃダメ。
分かってる。

勝手に好きになって、
勝手に凛乃先輩との恋を応援して、
勝手に苦しくなって、
勝手に勘違いしそうになって、

全部、私の勝手な片思い。
瀬戸 一聖
瀬戸 一聖
……谷原?
谷原 芽衣
谷原 芽衣
……っ、
ありがとう、瀬戸くん
上手く笑えてたかな?
……きっと、下手くそだっただろうな。
***
水上 桔平
水上 桔平
芽衣?
話、聞いてる?
谷原 芽衣
谷原 芽衣
えっ、あ……ごめん
水上 桔平
水上 桔平
なんかあった?
今日ずっと変だぞ
谷原 芽衣
谷原 芽衣
ううん!何も!
……それで、何の話だっけ?
朝、当たり前になりつつある桔平との通学時間。
桔平の話が頭に入って来ないくらい、今朝は頭がぼーっとしている。

久しぶりに、気分はどんより。
こんな日は、チアで体をいっぱい使って、汗を流してさっぱりして……そのまま疲れて眠ってしまいたい。
水上 桔平
水上 桔平
だから、
紬ちゃんのことだけど
谷原 芽衣
谷原 芽衣
紬がどうかしたの?
水上 桔平
水上 桔平
……彼氏とか、いる?
谷原 芽衣
谷原 芽衣
……!?
え、紬に彼氏がいるか ?
水上 桔平
水上 桔平
だからそうだって
質問内容を繰り返す私に、バツが悪そうにそっぽを向く桔平。

……も、もしかして。
桔平も紬のこと……。
水上 桔平
水上 桔平
サッカー部の友達が
すげぇ紬ちゃんのことタイプらしくて
谷原 芽衣
谷原 芽衣
……え?
水上 桔平
水上 桔平
紹介しろってうるさいんだよ。
でも彼氏がいたら、
谷原 芽衣
谷原 芽衣
ダメ!
水上 桔平
水上 桔平
……え、
谷原 芽衣
谷原 芽衣
絶対ダメだから。
……口が裂けてもそんなこと
紬に言ったりしないでよね!
水上 桔平
水上 桔平
め、芽衣?
谷原 芽衣
谷原 芽衣
分かった!?
谷原 芽衣
谷原 芽衣
あと、そのサッカー部の友達には
紬には好きな人がいるから無理!
ってキッパリ断っておいて
水上 桔平
水上 桔平
わ、分かったよ……
……最悪だ。

好きな人に他の人を紹介されるなんて、私が許さない。紬が傷つくことになるのは、自分が傷つくよりずっとずっと嫌だ。

私の迫力に負けて、数回繰り返し頷いた桔平。

能天気で恋愛に興味が無い桔平が、紬を好きにならないことに関しては、桔平が悪いわけじゃない。

だけど、桔平のことが好きな紬を、桔平が傷つけることになることだけは避けなくちゃいけない。
***

───数日後。

ここ数日、上手く笑えない。

部活ではミス連発で、おまけに大事な表情も作れず、おかげでコーチからは毎日怒られてばかり。

どう頑張っても笑う気分にはなれなくて、そんな私の様子を知ってか、ここ数日はパタリと"芽衣のジンクス"を頼ってくる人もいなくなった。
瀬戸 一聖
瀬戸 一聖
谷原
谷原 芽衣
谷原 芽衣
……わっ、瀬戸くん
昼休みの屋上でひとり空を見上げていた私は、すぐ側まで来ていた瀬戸くんに全く気付かなかった。
瀬戸 一聖
瀬戸 一聖
……なんかあった?
谷原 芽衣
谷原 芽衣
…………
瀬戸 一聖
瀬戸 一聖
あの一緒に帰った日から
谷原、ずっと元気ないから。
……もしかして、俺のせい?
谷原 芽衣
谷原 芽衣
ううん!
それは、違う……
瀬戸 一聖
瀬戸 一聖
じゃあ、水上のこと?
谷原 芽衣
谷原 芽衣
……それも違う
瀬戸 一聖
瀬戸 一聖
……そっか
私を心配してくれているのが伝わる瀬戸くんの声に、胸がキューッと締め付けられる。

まさか、瀬戸くんへの恋煩いで何にも手につかないなんて、言えっこない。
瀬戸 一聖
瀬戸 一聖
……そうだ、これ
谷原 芽衣
谷原 芽衣
え?
瀬戸 一聖
瀬戸 一聖
さっき、購買行ったらさ
ゆるキャラパンってのがあって
谷原 芽衣
谷原 芽衣
……ゆるキャラパン?
そう言って、手渡されたパンはクリームパンにチョコペンで絵が描かれているパンだった。

しかも……見れば、見るほど。
谷原 芽衣
谷原 芽衣
ブッ……、アハハ!
何これ!ジョージじゃん!
谷原 芽衣
谷原 芽衣
すごいそっくり!!
アハハハ、無理……苦しっ、
たらこ唇に、ニンニクを付けたような鼻。
見た目は絶対カツラなのに、本人曰く「月に2回、美容院でトリートメントしている」らしい我が校の名物教師。

化学のジョージ(庄司)にそっくりなゆるキャラパンに、思わず吹き出してしまう。
瀬戸 一聖
瀬戸 一聖
……良かった。
やっと笑った
谷原 芽衣
谷原 芽衣
……っ!
瀬戸 一聖
瀬戸 一聖
ジョージパンとか
絶対普段なら買わないけど
瀬戸 一聖
瀬戸 一聖
谷原が笑ってくれるなら
何個でも買ってやる
不器用な瀬戸くんの優しさが嬉しくて、自然と笑顔が込み上げてくる。
谷原 芽衣
谷原 芽衣
ありがとう、瀬戸くん
谷原 芽衣
谷原 芽衣
でも、ジョージパンは
ひとつあれば十分……
私を笑顔にするのも、笑顔を奪うのも、結局のところどっちも瀬戸くんなんだ。

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