第8話

プロフェッサー
87
2023/12/03 10:23
「待ったぞ。心配させないでくれ」
「えっ……」

三回目のベース251。
またもや新兵と間違われて連れてこられた私は、記憶の通りの道を辿る途中、記憶にない出来事に遭遇した。

「あなたは……」

初めてレイピアを持って戦いに出る前。
私に大丈夫だと声をかけてくれた、眼鏡をかけた研究職の男の人。

まさかここで人に会うと思わなくて思考が止まる。
時間に遅れてしまっただろうか。そう思って時計を確認したけれど、集合時間にはまだ少し時間がある。それとも何かあったのか。

戸惑っていると、彼は深呼吸をしてからゆっくりと口を開いた。

「……私もまた、ここに集められた。君と会うのは、……そう、三回目になる」







三年前。目を覚ました時、私は硬いベッドの上で何本かの管に繋がれていた。
ぼんやりと薄暗い天井を見つめていると、少しずつ意識がはっきりしてきた。

ゆっくりと首だけを動かして周りを見回す。……しかしそれだけで体にギシギシと痛みが走った。何とか耐えながら目に映る情報を拾っていくと、周りは怪我人だらけ、そこら中から呻き声や泣き声が聞こえてくる。

ここはどこだろう。私はどうして寝ているんだ……?

手を動かしてみる。左前腕にチクリと痛みが走って、持ち上げて見てみるとそこには点滴が繋がれていた。
作戦行動中に怪我をしてしまったのだろうか。
しかし、こんなに怪我人で溢れているなんて……。

「……ぁ、」

──そいつを絶対に死なせるな!

突然脳裏にスプリガン隊長の叫び声が浮かぶ。
それとほぼ同時に背中一面と後頭部に鈍痛が走った。
そうだ。かつてないほどのプライマーの大軍に対して、残った少数精鋭のチームで民間人と負傷兵を基地に輸送するまで足止めをする作戦の最中だったじゃないか。

そして、ああそうだ。仲間の一人がγ型の怪物に弾き潰されそうになっているのに気がついて、慌ててランスを構えて間に割り込んだ。
ランスを撃ち放った瞬間と、全身をとてつもない衝撃が襲ったのはほぼ同時だった。……そこから、ほとんど記憶がない。

嫌な予感が胸を埋めつくした。
スプリガン隊は。作戦にはグリムリーパー隊も、軍曹たちの部隊もいたはずだ。

「う……っ!ぐ……」

激痛に耐えながら体を起こそうとした。しかし半分くらい体を起こしたところで突如視界が回って倒れ込んでしまう。ブツン、と嫌な感覚がした。

駆けつけてきた衛生兵らしき人物に押さえつけられて、すぐに何人か集まってきて再び横にされてしまう。ダメだ。今すぐ確かめないと。
そうして必死にもがく私の耳に、非情な言葉が届いた。


──あいつがスプリガン隊の唯一の生き残りか。


……一度経験したことというのは、どれだけ受け入れ難いものでも、どれだけ心が拒否していても、頭が理解してしまうらしい。
それを聞いた私はすぐに「ああ、またダメだったんだ」と思ってしまった。

抜けてしまったらしい点滴の針を再び入れられながら静かに涙を流す。悔しいとか悲しいと言った感情よりも、ただただ虚しかった。


──お前がいつか、私を助けてくれた時に返してくれ。


スプリガン隊長の言葉を思い出す。

涙は止まらない。今にも死んでしまいたい。

けど、生きなくちゃ。
逃避のためではなく。やり直すんじゃなく。死んで行った仲間たちの弔いのために。大切な人との約束のために。受け入れて前に進みたい。

生き抜いて、もう一度リングを壊す。
必ず成し遂げる。必ず。







「……隊服を赤にしたんだな。髪も短くなった」

男性の声にハッと現実に戻ってくる。集合場所まで移動した私たちは、部屋の隅まで来た。

「本当に……覚えているんですね」

男性は複雑そうな表情で頷いた。

「ごっ、ごめんなさい。なんだかまだ、実感が湧かなくて……」
「それはそうだろう。……本当は前回のリング破壊作戦の直前に気がついていたんだ。君が以前私が言った言葉をそのまま繰り返していたからな。だが……伝えるのが間に合わなかった」
「あの時私、すぐに飛んで行っちゃいましたもんね……」

苦笑いを浮かべると、彼もつられて笑みを見せる。

「話したいことがたくさんある。何から……」

その時、廊下の奥から足音が聞こえてきた。三回目ともなるとさすがに覚えてしまう。大尉だ。

「大尉が来た。後で話そう。まだ時間はある」
「分かりました。……終わったら、また話しましょう」





「──いや、驚いた。また随分と強くなったんだな、君は」

怪物駆除を終えた私たちは、自由時間になった途端に空き部屋に集まって今までの話を始めた。人類が敗北するまで二年。それからこの基地にやってくるまで三年。一回で五年だ。それを私たちは既に三回繰り返した。

──十五年。
たった一人での戦いを十五年だ。

特に敗北からここに来るまでの三年間は、辛い。
仲間を全て失って、来る日も来る日もその場しのぎの戦いを続けていく。途中何度も挫けそうになる。けれど、胸の中に灯る火を頼りに歩き続けた。

それは彼も同じようだった。
彼はEDFの先進科学研の主任さんだったらしい。……しかし戦いが激化する中、奥さんをうしなってしまった。

妻を助ける。
それこそが彼が戦い続ける理由だった。

「……だが、君のようにずっと戦い続けていたわけではないんだ。妻と共に逃げた。……最前線で戦っていた君には、申し訳なく思う」

彼は眉を下げて俯く。私が首を横に降ったのは、少し時間を空けてからだった。

「でも、貴方と出会えてよかった。これ以上、一人で耐えられるか分かりませんでしたから」
「……ありがとう」
「いえ……」
「……」
「……」

沈黙が流れる。
何か言わなくてはと思うのだけど、言葉が出てこない。……仕方のない事だ。分かってる。分かってるけど。
これ以上口を開いたら、彼のことを責めてしまいそうだった。

「……君は、本当に強い人なんだな」
「えっ……」

不意に言われて顔を上げると、彼と目が合った。

「正直、今回は辛かった。また妻を亡くして……ここで君と会うという目標が無かったら、生きていられなかったかもしれない」
「そんな……」
「君だって戦場でたくさんの仲間を失っただろう。なのに。……当然責められるだろうと思っていた。私は、君のような人を強い人だと呼びたい」

そう言って笑いかけてくれる彼に目をそらす。違う。そんなんじゃない。ただ私はみんなに顔向けできない生き方をしたくないだけだ。

机の下できつく手を握った。


「……私に話しかけてくれたってことは……一緒に戦ってくれるんです、よね」

捻り出した言葉が虚しく反響する。それが私の最大限だった。

「もちろんだとも。君は私の希望だ。……どうしても銃は上手く扱えないが──、」

そこまで言って、彼は何度か深呼吸を繰り返した。

「君のために最高の武器を作ろう。君と共に戦うために」

力強い声。はっと彼の目を見る。……そこには、あたたかくも激しい火が燃え盛っているように見えた。

「────、」

思えば、彼は最初から優しかった。
研究職であったならば最初の時も私と同じくらいしか、あるいはフライトダンサーだった私よりも戦えなかったはずだ。それでも私を勇気づける言葉をかけてくれた。そういう人なのだ。

ああ、だめだ。涙が出そうだ。必死に堪えて歯を食い縛る。……私は弱い人間だ。
大切な人が目の前で死んでいくのを見て、その度に自分の無力さを呪ってきた。

こんな絶望の中で、一緒に戦おうと言ってくれる人がいる。同じ苦しみを分かち合う人がいる。それだけでどれだけ救われることか。

「……ごめんなさい。私、さっき……」
「大丈夫だ。……分かっている。君も、分かってくれたんだろう?」

無言でこくりと頷く。
そうだ。私たちはそれぞれ、自分の大切な人を守るために奔走したに過ぎない。その方法が違っていただけ。私だって守りたい人が戦士でなかったら、何度だって逃げることを選択しただろう。

「……これから、よろしくお願いします。私たちの大切な人を助けるために、力を合わせましょう」

椅子から立ち上がり、彼に真っ直ぐ向き合う。
やっと巡り会えた仲間。私たちは協力し合わなければならない。いつかプライマーを打倒する為に。

「私の方こそ。全力で君をサポートすると誓おう」

差し出された右手。そこへ自分の手を重ねて、かたく誓い合った。

「私、今回スプリガン隊にいたんです」
「スプリガン隊に!?どおりで……」
「ひとりで勝手にひねくれて、それでもスプリガン隊長は私を見捨てずにいてくれました。だからここまで戦い抜くことが出来たんです。隊服を赤に変えたのは、それが理由で。髪は……何となく、気持ちを切り替えたくて」

さっきは気持ちが追いつかずに話す気になれなかったことを口にする。

「そうだったのか。……単純な疑問なんだが、なぜ右側のひと房だけ長いままなんだ?」
「これは……」
「ああ、いや。言いたくなければいいんだ」

言い淀んだ私を見て勘違いしたらしい彼がそう言ってくれる。

「あ、違うんです。そうじゃなくて……、切るつもりだったんですけど。ただ……」
「ただ?」

まっすぐこちらを見てくる視線に恥ずかしさが限界突破しそうになる。でも自分が始めた話題だ。意を決して続きを口にする。

「……その。ある人の、顔が浮かんで……」
「ンン゛ッ。な……なるほど」
「や、やっぱり忘れてください!!」

顔が熱い。真っ赤になっている気がする。しかし彼は真面目な顔のままでこう続けた。

「いや。この手の話は積極的にしていったほうがいい。幸せを感じた時に分泌されるセロトニンというホルモンは情緒を安定させる効果がある」

まさかの返答が返ってきて言葉を失う。流石研究職、とでも言うべきか。

「というわけで、私の妻の話も聞いてくれると有り難い。……と、その前に──、」










リング破壊作戦の日。
私とプロフェッサーを含めた大尉の部隊は、いつものように赤い空の下でリングを睨みつけていた。
リングの周りには数本の「塔」。
──これは、怪物を際限なく転送してくる恐ろしい機械だ。五年前、たくさんの塔が地球に突き立てられ、そして投下された大量の怪物が恐ろしいスピードで繁殖を進めた。人類はあっという間に地下に追いやられた。もうこちらの設備が壊れてしまい通信も出来ないが、巨大潜水母艦に逃げ込んだ人たちもいたらしい。
本来であれば、いつかその人たちが地球を再建してくれるのであろう。

──けれど、私たちはリングを破壊しなければならない。

「いやぁ……すっごいですね……」
「相棒。……いつもすまない。よろしく頼む」
「大丈夫です。私にはこの子がいます」

そう言って目の前に掲げたのはいつものレイピア。すっかり手に馴染んでしまった。

「これで触れたもの全部壊してきちゃいますから」

そう言ってプロフェッサーに笑って見せる。
この後、またしばらく会うことはない。プライマーを倒しきるか、──あるいはまた失敗してこの時代に来るまでは。

「……そうだったな。開発した私のお墨付きだ。存分にやってきてくれ」

彼は少し寂しそうな顔をした後、私にも笑顔を見せてくれた。

「頼まれた武器の開発は任せてくれ。向こうに戻ったらすぐに取り掛かろう」
「はい!……それじゃあ、また」
「ああ。……万が一の時は、またあの場所で待っている」

大尉が作戦開始の合図をした。私はプロフェッサーに背を向けて、地面を蹴った。


時間遡行への片道切符。
見据えるのはただひとつ、鈍く光るリングのパーツだけ。

纏う赤に。私自身の燃える炎に。
大切な人たちからもらったものを胸に。新たな仲間のために、私は空を駆け抜けた。







──折角だから、お互いの呼び名を決めるというのはどうだ?

──呼び名、ですか?

──コードネームのようなものだ。これもある意味モチベーションをあげる手段のひとつだが……こう言うのは好みではないだろうか。

──いえ、いいと思います!……コードネーム、かぁ……。

──気に入ればなんでもいいんだ。そうだな……。

──プロフェッサー、って言うのはどうですか?

──プロフェッサー。教授か。

──はい。私に武器のこと色々教えてくれるので!

──なるほど。ありがとう。では、今度からプロフェッサーと呼んでくれ。そうだな、君は……。

──あ、待ってください。私のは、保留にしていただけませんか?

──? あまり気が乗らないのか?

──そういうわけではないんですけど……、私、いつかEDFで部隊名をもらいたいんです。グリムリーパー、とか、スプリガン、みたいに。いつか、皆と肩を並べられるくらい強い存在になりたいんです。

──なるほど。なら……それまで君のことは相棒と呼ぼう。それならいいだろうか。

──はい!よろしくお願いします!






より深くなる絶望の世界へ。
ほんの少しでも、希望の光を見いだせるように。




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