「『優しい』って書いて『すぐる』って読むんだ」
僕はそう付け加えた。
「よろしくね、すぐる君」
僕が一目惚れした彼女が今、僕に屈託のない笑顔を向けている。
僕もつられて笑顔になる。
「私のこと、もう『朝比奈さん』じゃなくて萌夏でいいよ」
「…も、萌夏、さん……?」
名前呼びに照れてしまう。
「萌夏!『さん』とかいらないから、もう敬語じゃなくていいよ」
「わかった……ありがとう────」
「萌夏」
「うん!」
出会ってたった2日なのに仲良くなれた気がする。
「私は朝比奈 萌夏。高校2年生」
「すぐる君は?」
僕のことも『すぐる』でいいよ
そう言ってから
「はじめまして、僕は三崎 優。高校1年生」
僕はベッドに座り、朝比奈さん────いや、萌夏はベッドに横たわっていた。
「私の生い立ち話すね…すぐるが気にしていてくれたこと。」
「え、いいの?」
僕があれだけしつこく聞いていて挙げ句には鬱陶しそうな顔までされたのに。
こんなこと思ったけど僕が聞いたことだ。
「うん。もういいんだ。それに、すぐるになら話してもいいかなって…すぐるのお母さんが来たときに思ったの。私ね─────」
私のお母さんはね、有名な天才ピアニスト。
朝比奈 胡桃。だから、私は幼い頃から英才教育を受けていた。
最初は、私がピアノを触るたびに音を出すたびに、お母さんは『上手だね』『きっと凄い奏者になるよ』って褒めてくれたの。
それが嬉しくて嬉しくて必死に練習して、お母さんが笑顔になってくれたことが嬉しくて。
でも、いつからかな……。
私の音が私の音じゃなくなったのは…
お母さんは私に自分のようになれって。
世界中が知る天才ピアニストになれって。
私はそれが嫌だった。
ピアノは私の知名度を売るための道具じゃない。
ただ、楽しく弾きたかったのに。
そうはさせてくれなかった。
それから色んなコンクールに出て賞をとった。
賞をとれなかったら学校に行かせてくれないこともたくさんあったから死にものぐるいでピアノを弾いていた。
もう、義務だった。
大概の賞をとるとまた違うコンクールに出る。
それの繰り返しだった。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!