第5話

"僕"の病気
87
2021/03/28 21:47
────眠っている間に夢を見ていた。


朝比奈さんが世界からいなくなる夢。

『まって、まって、まって……!!!』

いくら手を伸ばしても彼女を止められない。

『また、僕を置いていかないで……!』

夢の中の僕はこんなことを叫んでいた。





***







目が覚めると僕の枕は涙で濡れていた。

また、大切な人が僕のもとから去っていく…───

それは僕にとって酷く恐ろしいもの。


むくっと僕はベッドから起き上がった。
角にある僕のベッドには太陽の光が差し込んでいる。

隣を見た。

朝比奈さんは寝ていた。
彼女も泣いていたのだろうか。
目元が赤くなっていた。


ベッドの横にあるサイドテーブルにはお母さんのメッセージが置かれていた。

綺麗に二つ折りをしていた紙を開く。

そこには心配の気持ちと今そばにいてあげられなくてごめんなさいと書いていた。

僕のお母さんはシングルマザーで朝から夜まで仕事をしている。
僕と滅多に会うことはない。
それでも…

ピアノのコンクールには毎年仕事を休んできてくれていた。

『残念だけど、今年はピアノのコンクールに行けなくなっちゃった……ごめんね、』

そんなことを言われたのはいつだっけ…

お母さんにも朝比奈さんの演奏見てほしかったのに。
僕の最後のピアノも聞いてほしかったのに。

でも、決してこんなことお母さんに言えない。
僕のワガママは……僕を、お母さんを苦しめる───






手紙を手にしながら、窓の外を見た。
病院の中庭の桜の木が少し色付いてるような気がした。


「…起きたのね」


後ろから声がして振り返った。

「朝比奈さん!!」

「君は大丈夫??」

朝比奈さんはにこっと笑って僕に聞いた。

「うん!もう大丈夫だよ。心配ありがとう」

『よかった』
そう言って微笑んだ朝比奈さんは、昨日会ったときより柔らかな雰囲気になっていた。

「あ、えっと……」

朝比奈さんはコクっと首を傾げて『どうしたの?』と聞いた。

「僕の名前はね…」


三崎みさき すぐる









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