「あの…あ…朝比奈さん…」
僕は勇気を振り絞って演奏終了後、舞台袖に戻ってきた彼女に声を掛けた。
「…?何でしょうか?」
彼女はこんなところで話しかけられるとは思っておらず、少し詰まった。
「…演奏とても綺麗でした…!なんというか…他の人の演奏を聞いても確かに『すごい』や、『上手』と思いますが、あなたのピアノはそれらを凌駕するほどの美しさだった……」
彼女の方をちらりと伺うと、彼女の綺麗な顔は目を丸くしてそれから微笑んだ。
「…ありがとう。そんな風に言ってくれて」
あぁ。何でその微笑みも悲しみを孕んでいるのだろう。
ねぇ僕は、もっともっと君のことが知りたい。
彗星の如く現れた秀才に。
いや、その悲しげな音を出す君の事情が知りたくて。
「……私も」
彼女はそう切り出した。
僕はふと視線を彼女に向けた。
「君の楽しそうな演奏が羨ましかった。
ミスタッチが多くてもずっと楽しそうに弾いていて…」
彼女の目線は少し下を見ていた。
「私には真似できない。
……また、会いましょう。さようなら。」
羨ましい?なら、君も楽しく弾けばいいのに
何で?何で?
気づいたら言葉になっていた。
「朝比奈さんは何で楽しく弾かないの?」
それは、舞台袖から廊下に出ようとしていた彼女の足を止めるには十分な言葉だった。
「それはね…」
「もう、楽しくなんて弾けないの。
私は………私の音色は……
私のものじゃない。」
「じゃあ」
そう言って彼女は廊下を進んでいってしまった。
「あの優しい音色は朝比奈さんのものじゃない…?」
残された僕は1人呟いた。
なんで?
また、その疑問が巡る。
彼女はもうこのコンクールには来ないような気がした。
だって、賞という賞を全てとっていくような気がするから。
じゃあ、彼女の理由を知るなら?
彼女の音色を彼女のものにするには?
次は賞の授与が終わったとき……。
おせっかいはわかってるけど、彼女が楽しく弾ける未来が来てほしい。
あぁ。僕って本当おせっかいだなぁ……
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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。