その人物はこちらに気がつくと、ゆっくりと歩いてきた。
着けていた帽子とマスクを取る。
顔が、見える。
彼に気が付いたらしい佳奈達がざわつき始める。
和くん、と思わず漏れた声はきちんと彼女達に届いていたようだ。
ピタリ。
あなた達の前で足を止めたのは、
二宮和也。
1ヶ月以上ぶりの彼は、少し痩せたようだ。
第一声がそれか。
と思ったが、ここにはあなたと佳奈、そして男性同期が2人。
知らずに見れば、確かに合コン帰りのようだ。
何となく事情を感じ取ったのか、同期が慌てて説明してくれた
二宮はあなたの手首を掴むと、大通りに向かって歩き出す。
器用に片手で帽子とマスクを装着し直した。
抵抗しようとすれば、出来た。
けれども、そんな事出来るはずがない。
黙って腕を引かれる。
二宮は数歩進んだところで何かを思い出したように立ち止まると、振り返り、マスクをずらして佳奈達に向かって言う
後ろでキャーキャー騒ぐ佳奈がうるさい。
来週会ったら何を言われるだろう。
彼女結構ミーハーだから、きっと大騒ぎだ。
大通りに出るとすぐにタクシーを拾い、あなたの家の住所を告げる。
確かにここからなら、二宮のよりもあなたの家の方が近い。
手首を掴んでいた手は、いつのまにかあなたの手と合わさっている。
何も言わないし、あなたのことを見もしない二宮。
いつからあそこで待ってたの、とか、まだ私はあなたのものなの、とか聞きたいことは山ほどある。
けれども。
言葉にして尋ねる代わりに、その手を握り返す。
二宮が何を考えているのか分からないけれども、ぬるい体温が以前と変わらず、それがあなたを安心させた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。