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2021/08/07

第3話

あの夏が飽和する
「昨日、人を殺したんだ」

君はそう言っていた。

ざあざあと降り注ぐ雨の中、ずぶ濡れのまま、
部屋の前で泣いていた。

じめじめとした熱気がこもる、梅雨の日の出来事だ。

夏はまだ始まったばかりというに、
君はひどく震えていた。

『昨日、人を殺したんだ』

そんな君の声ではじまる、あの夏の日の記憶だ。

「何があったの?」と、優しい声音で問いかける。
君は、ひどく震えたまま、
何があったのかを赤裸々に話してくれた。

「殺したのは、隣の席のいつもいじめてくるあいつ。
 今日もお金をせびられて、でも、もう渡すお金なんてないって言ったら殴られて。
 もう…限界で。嫌になって、軽く肩を突き飛ばしたら…
 打ちどころが悪かったのか、動かなくなって、
 怖くなって、逃げ出して来た」

君は、泣きながらも、
小さいながらも、はっきりと、その言葉を紡いだ。

「私、どこか遠いところで死んでくる。
 これ以上ここにいたら、君にも、
 親にも迷惑がかかる。迷惑だけは、かけたくない」

そんな、君の確固たる決意の籠った言葉に、
僕は応えた。

「それじゃ、僕も連れて行って」

初めは、君もキョトンとしていた。

だが、僕が本気であることが伝わったのか、
君は頷き、僕の手を、握った。

財布を持って、ナイフを持って、
携帯ゲームもカバンに詰めて、
いらないもの、僕たちのことを特定できる
ようなものを全て壊して、
僕たちは、遠い遠い旅に出た。

人殺しの君と、そんな君について行った
ダメ人間の僕の、短く、切ない旅だ。

この瞬間、僕達は逃げ出した。
この、理不尽な世界から。
この瞬間、僕達は解放された。
この、狭い狭い世界から。
家族も、クラスの奴らも、
何もかも全部捨てて、君と2人で。

「遠い遠い、誰もいない場所で2人で死のうよ」

君のその言葉に、僕は頷いた。

そうだ、もうこの世界に価値なんてない。

君のいない世界に、価値なんてない。

「私、悪いことしちゃったのかな?」

君のその言葉に、次は首を横に振った。


「君は何も悪くない。君が悪いわけがない」

そうだ、結局みんな、人を殺している。

それが直接か、間接的かが違うだけなのだ。

だから、君は何も悪くないよ。



僕達は結局、人に愛されたことがなかった。

僕達の間にあるのは愛じゃない。

人に愛されたことがない。

そんな、嫌な共通点だけだ。

それだけで、僕達は簡単に信じ合っていた。

不安な気持ちになり、僕は君の手を握った。

その手には、微かな震えすら無くなっていた。

そうして僕達は、誰にも縛られず、
線路の上をひたすら歩く。

金を盗んで、2人で逃げて、
どこにでも行ける気がした。

今更怖いものは、僕にはなかった。

額をつたる汗も、走る途中で落とした眼鏡も、
今となってはどうでもいい。

これは、あぶれ者の、小さな逃避行の旅だ。

「いつか夢にみた優しくて、
 誰にだって好かれる主人公なら、
 こんなに汚くなった僕達でも、
 ちゃんと救ってくれるのかな」

僕の小さな小さな弱音に、君は間髪入れずに答えた。

「そんな夢なら捨てたよ、だって現実を見てよ。
 シアワセの四文字なんてなかった。
 今までの人生で思い知ったじゃない」

それはわかっている。シアワセなんて、無かった。

わかっていても、愚痴を零さずにはいられなかった。

「なんで、どうして僕達がこんな目に遭うんだよ!
 なんて事ない、普通を求めてるだけなのに。
 こんなの、おかしい。
 僕達が何をしたって言うんだ!」

ああ、駄目だ。これを言ってはいけない。

君を、傷つけることになる。

だけど、だけど、自然と言葉に出てしまう。

「君につい…」そこまで言って、気が付いた。

君の後ろから、警官が来ている。

僕は咄嗟に、君の手を掴んで走り出そうとしたが、
君は、僕の手を拒んだ。

「どうして…」

僕の言葉に、君が応えることはなかった。

君は、持っていたナイフを自分の首に当て、
警官に向かって「来るな!」と叫んだ。

警官は一瞬足を止めたが、すぐに歩き始め、
こちらに向かってくる。

君は僕の方へ振り返り、
「来ないでね」と、優しく微笑んだ。

君が振り向いた瞬間、
後ろの警官が君に全力で走り寄る。

僕は、どうすることもできなかった。

「ねえ、私との旅、楽しかった?」

僕が応える前に、君が応えた。

「私は楽しかった。君と、馬鹿みたいにはしゃいで、
 笑って、悪いことも、沢山した。
 この旅をしている間、
 私は全てを忘れることができた。
 ありがとう。本当にありがとう。大好きだよ。
 でも、だからこそ、
 私の分まで生きてとは言わない。
 きっとそれは、君にとって
 大き過ぎる十字架になるから。
 君がいたから、ここまでくることが出来た。
 だからもういいよ。もういいよ。
 死ぬのは私1人でいいよ」



そして、君は首を切った。

まるで何かの映画のワンシーンだ。

君の鮮血が、僕の頬に飛びかかる。

僕の心を、浄化するように。

気が付けば、僕は捕まっていた。

君が、どこにもいない。君だけが、どこにもいない。



そうして、長い長い月日が経った。

ただ暑い暑い日が過ぎていった。

家族も、クラスの奴らもいるのに、
なぜか君だけがどこにもいない。

僕はまだ、あの日のことを謝っていない。

君のことを考えずに、
君を傷つけてしまったあの日のことを。

僕は今でも、君を探している。

君に、言いたいことがあるから。

9月の終わりにくしゃみして、6月の匂いを繰り返す。

君の笑顔は、君の無邪気さは、
頭の中を飽和している。

誰も何も悪くないよ。

君は何も悪くないよ。

だって、みんな人殺しなんだから。

あの日、君について行ってよかった。

君と旅ができてよかった。

そう言えればよかった。

そう言って欲しかったのだろう?なあ?