そこには和彩と一緒に、息を切らした鈴木くんがいた。
「もう!信じらんない!方向音痴とか勘弁してよね!」
「分かりにくいぞここ」
あ。もしかして、和彩が最近鈴木くんと話していた理由はこれ?
私の誕生日会を成功させるために鈴木くんにいろいろと、サプライズの概要を話してくれてたって事なのかな?
すると2人は私の存在に気付いた。
「里奈!」
と和彩。すると和彩はベチンと鈴木くんの肩を叩き、
「ほら!ちょっと2人で話しな。里奈、片付けとかはこっちでやるから、着替えのタイミングだけ気を付けて!」
と言って私達を置いて中へ入って行った。
息切れしている鈴木くんは疲れてその場で膝に手を当て丸まっていた。
バイトがあったとはいえ、鈴木くんの様子から、終わった後に急いで来てくれたという事が伺えた私は、とても心が温まった。
「鈴木くん、バイトだったんだってね。お疲れ様」
と、優しく声をかけると鈴木くんは、
「すまない」
と言った。
「行くと決めたのは俺なのに……結局最後の最後しか顔出せなかった…」
鈴木くんは真面目だな。私は今ここに鈴木くんがいてくれるだけで嬉しいのに。
「鈴木くんは悪くないよ。来てくれてありがとう。プレゼントもさっき篠山くんと安達くんからもらったよ。うさぎの加湿器、大事に使うね」
とお礼を言うと、鈴木くんは細かく首を横に振ってこう言った。
「石川が……お前を喜ばせたいから協力してくれって……俺を誘ってきた。女子にプレゼントだって初めて選んだ。でも……全然お前の事をまともに祝えてない。こんな事になって本当に申し訳ない」
「鈴木くん……」
鈴木くんがこんなに懸命に謝ってくる所なんて初めて見た。鈴木くんは一度自分が決めたことを守れなかった事がきっと悔しいんだろう。
最近は鈴木くんに対してかなり諦めモードだったけど、やっぱりこうして会えるのはかなり嬉しい。
突き放されたと思ったらこんな事してくれちゃうし、鈴木くんってホント分かんない。
私は鈴木くんに触れたくて、鈴木くんの頭を優しく触った。すると鈴木くんは顔を上げ、こんなことを言った。
「ドジ田、今度……俺にリベンジをさせてくれ」
「え……!?」
鈴木くんはえっと…と小さくつぶやきながら、オロオロした様子で、
「リベンジはリベンジだ。俺が今度…祝いし直してやる」
と言ってくれた。
それはつまり、鈴木くんが単独で私のことをお祝いしてくれる日を作ってくれるって事だよね?
「良いの?」
「ああ。今日のお詫びだ。こんなんじゃ俺が納得できん」
鈴木くんが私のためにこうやって来てくれただけでも嬉しいというのに、それ以上に嬉しい提案をしてくれるなんて夢みたいだ。
「やった!じゃあリクエスト聞いてもらおうかな!」
しかも、
「ああ。その時は何でも聞いてやる」
なんて言ってくれちゃうもんだから、私は感激のあまり鈴木くんに抱きついた。
「ちょ……ドジ田……」
それなら、甘えてみてもいいよね?
私から抱きついておきながらも、心臓がバクバクで上手く口が上手く動かない。
私は深呼吸をしてからこう伝えた。
「じゃあ鈴木くん……あのさ……今度、私と丸一日デートして?」
「え………?は?」
顔が熱い。必死の想いで今の言葉を伝えた私はもう、これ以上の事は緊張して何も言えなくなった。
「ダメなら……大丈夫」
と言って私は鈴木くんから離れた。
「……いや、そうじゃなくて……そんな事で良いのかって」
「へ?」
鈴木くんは次に意外な質問をしてきた。
「それにお前……。2人で1日出掛けるのとかそんな頼みは俺じゃなくてなんだ?あの、……ほら、後輩の前田って奴との方が良いんじゃないのか?」
私、いつの間にか鈴木くんにそんな風に思われていたんだ。
違うよ鈴木くん。私が好きなのはあなただよ。
でも、いざこんなシチュエーションになるともう、大した言葉が出てこなくなる。
私は鈴木くんの言葉にただただ首を横に振った。
「あー……なんだよ……あー。じゃあ、俺で良いって事だな?」
「うん」
鈴木くんは腕を組み、目をキョロキョロさせながら、
「あー、もう。分かった、分かったよ。それで良いならそうする」
と言ってくれた。
鈴木くんが今度、誕生日祝いにデートしてくれる事になりました。
「嬉しい。私、楽しみにしてる」
と言って鈴木くんに微笑んだ私。嬉しすぎてなんだか泣きそうにさえなった。
「日にちの事は……えっと…バイトのシフト確認して連絡する」
「うん、分かった」
だって、鈴木くんの事を丸一日独り占め出来るって事でしょう?動物園の時はお昼くらいから夕方までだったけど、その日以上に長く一緒に居られるなんて最高じゃん。
ところで、
鈴木くんまでどうしてそんなに顔が真っ赤なの?
「おい、ドジ田」
「ん?」
「ところでその格好はなんだ」
「あぁ、これ?ほら、今日はハロウィンパーティーって聞いてたから仮装してたの。これ、魔女の仮装だよ」
と言って、衣装のスカート部分を持って少しヒラヒラッとさせてみた。
「あぁ、そういえば仮装するとかなんとか言ってたな」
「うん!だからさっき見た和彩だってナースの格好してたでしょ?」
「……よく見てなかった」
ホント鈴木くんは、女子に興味無いんだな。この人、この年齢にもなって異性の事意識するとかそういう事は一切無いのか?
「ホント興味無いんだね女子に」
「は?」
「だからー、あの子顔がめっちゃ可愛いなぁ…とか、あの子スカート短いなぁってスカートの中が気になっちゃうとかさ……男のくせにそういうの一切無いの?」
女子の私が何言ってんだと思いつつも鈴木くんにそう言ったら、急に鈴木くんは意味の分からない事を口にした。
「……石川だったからだろ」
「……はい?」
するとそこへ、
「おーい吉田!鈴木!みんな揃ったし乾杯しようぜ!」
と、安達くんが私達に声を掛けに外に出てきた。
「あ、ああ」
安達くんの姿を捕らえた鈴木くんは、私を押しのけてそのままドアの中に吸い込まれるようにして入っていった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
私も鈴木くんにつられてそのまま中へ入っていった。
「じゃあ、鈴木も来たので改めて、吉田!誕生日おめでとう!乾杯!」
「かんぱーい!!」
その後、全員揃って乾杯をした。
みんな、今日は本当にありがとう。
鈴木くん、会いに来てくれてありがとう。
今度のデート、楽しみにしてるから。
この時の私はまだ、鈴木くんのあんな一面を見ることになるだなんて、知る由もなかった。
彼と過ごす時間がどれも
かけがえの無いものすぎて、
忘れていたのだ。
あの時鈴木くんが私に、自分の事を人殺しだと話していた事を。
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。