私と鈴木くんは手を繋いだまま歩き、アートアクアリウムの会場に着いた。チケットを買って中に入るも、ただでさえ普段から口数が少ないというのに鈴木くんは全然話さなくなった。
ずっと、ちょっと色気も垣間見えるような、どこか切ない表情でアクアリウム展を観賞していた。
水槽を7色にライトアップしたり、巨大な金魚鉢の中に金魚が何百匹といたり、階段状のガラスケースの中に熱帯魚がいて、それを青いライトで彩ったりと、ロマンチックで幻想的空間がそこにはあった。水槽の種類、ライトアップの仕方、魅せ方を変えるだけでこんなにもまた違った楽しみ方が出来るなんて、芸術って凄いなって感じた。
そのロマンチックな空間に今、鈴木くんと一緒に居るんだ。
私は緊張しながらも、
「鈴木くん……綺麗だね」
と声をかけた。鈴木くんは静かに
「……うん」
と答えた。つまんなかったのかな?とも思ったが、水槽を眺めている鈴木くんのその眼差しからは、なんだか熱さを感じた。きっと、虜になっているのかもしれない。
時々私が鈴木くんの手を握り直したりすると、鈴木くんは何も言わずにキュッ……っと優しく握り返してくれた。
今日くらいおかしくなってみても良いと思えた私の隣にいる鈴木くんは、私の知ってる鈴木くんじゃないみたいだ。
鈴木くんは今、どんな気持ちで私の手を握っているのだろう。
鈴木くんの気持ちを探りたくて、さりげなく
「どうしたの?疲れちゃった?」
と聞いてみた。
「え?」
「いや、なんかさっきより全然喋らないなぁって」
鈴木くんは微かに苦笑いを浮かべてこんな事を言った。
「緊張して話せないだけだ」
「へっ?」
「こんなの、したことないから」
と言って鈴木くんはほんの少しだけ私の手を握っているその手をピクっと動かした。
そんな鈴木くんが可愛くて仕方ない。まさか喋れなくなった理由が、手を繋いでいる事に緊張してしまっているからだったなんて。
そんな事を言ってくれる鈴木くんが嬉しくて、私は顔を赤くした。
大丈夫。この空間は薄暗いからきっとバレない。
それからアートアクアリウムの会場を後にした私達は、良い時間になった為、バイキングレストランへと向かった。
鈴木くんは思っていた通り大食いで、たくさんお皿によそってきていた。
私も私で、結構な量を盛ってしまったな。
その後鈴木くんには、昼間の続きとして再び私の昔話をしてあげつつも、
「鈴木くんの好きな食べ物って何?」
とか、
「鈴木くんは修学旅行でどこに行ったことある?」
とか、
「鈴木くんは一人っ子なの?」
とか、いろいろ聞いてしまった。
「おい、質問攻めはさすがに疲れる」
「あ……気を利かせられなくてごめん」
「……」
そうだ、動物の話を振ってあげたら喜ぶんじゃないかな?そう思って鈴木くんにもち子ちゃんの話を振ってあげた。
「鈴木くん、もち子ちゃんは今いくつなの?」
「あ、あぁ。今年8歳になった」
「そうなんだ!鈴木くんの家ではもち子ちゃんは初ペット?
「いや、もち子の前に別のうさぎを飼ってた。もう亡くなったがな」
私はそのままの流れで、うさぎトークを広げてみることにした。
「そうなんだ。なんて名前だったの?」
「丸すけ。まん丸のうさぎだったからな」
「へぇ!誰が名前付けたの?」
「俺と……父さんの2人で付けたと思う」
さっきより話が弾むようになったと感じた。どうやらうさぎトークは効き目があったみたいだ。
でも、私は大事なことを抜かしていた。
今日、結局まだ下の名前で呼ばれてなかったのだ。
でも、急かしてしまうと鈴木くんは呼んでくれなさそうだ。呼べる時呼ぶと言っていたし、彼のことを信じてもう少し待ってみようと思った私は、そのままうさぎトークを続けた。
その後暫くして、バイキングのコース終了の時間が来てしまったので、お会計を済ませた私達はお店を出て、駅の方へと向かった。
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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。