「一緒に寝よ?里奈」
なんとあの鈴木くんから、こんなに甘い言葉をもらいました。
鈴木くんは私の手を握り、私の事を眠そうな目でじっと見つめてきた。
私は心臓がドキドキし過ぎて、何も抵抗できなければ、何も話せなくなった。
「早く。布団入れよ」
「あ、ああ……」
鈴木くんに布団をかけられた私。
どうせこれは夢だ。
夢なんだよね?と思ったが、布団の感触がしっかりとある。どうやらこれは現実らしい。
私が布団の中に入ったのを確認すると、鈴木くんは1度だけゆっくり首を縦に振り、そのままスーッと目を閉じ寝てしまった。
ねぇ鈴木くん。私の心臓、凄い速さで動いてるよ。鈴木くんは……?鈴木くんの鼓動も……私みたいに速くなってるの?
触れたいけど、そんな勇気はもちろん無く、私はそのまま鈴木くんの寝顔をじっと見つめた。鈴木くんって、こんな顔して寝るんだ。とても心地よさそうだ。
「可愛い……」
私はついそんな言葉を零し、鈴木くんに釘付けになった。
でもこんなんじゃ、緊張して寝れないよおおお…。
翌朝。
私のスマホのアラームが鳴った。
手を伸ばしアラームを止めると、昨日同様私の横には鈴木くんが。
本当に私達、同じ布団に寝ていたんだね。鈴木くん、まだ起きないのかな?
朝から鼓動が速い。鈴木くんに触れたいのに触れられない。私はそんな葛藤をしていた。
大好きな鈴木くんが今、私の隣で寝ているんだ。こんなにくっつき放題のチャンスなんてもう二度と来ないかもしれない。
でも、付き合ってもないのに鈴木くんにくっ付いたりしたら、鈴木くんに煙たがれてしまうし、気付かれた暁には、軽蔑されてしまう可能性もある。
でも、鈴木くんに触れたい。鈴木くんの鼻、耳、髪、“唇”……色んな所を見てしまう。
「唇……」
昨日の夜のような甘い鈴木くんのままでいてくれたならどんなに良いだろう。
そしたら……
「里奈、おはよう。なぁ、キスしよ?」
って言って、柔らかそうなその唇で私にキスをしてくれるのかな……?
「鈴木くん……」
私はもう一度鈴木くんの横に寝そべり、彼の髪を触った。鈴木くんは硬めの髪質をしているんだな。
鈴木くんに触れたい。この状況、和彩達ならイケー!!って言うかな?私は思い切って鈴木くんの手に触れた。それからギュッと握りしめて……
あれ?鈴木くんが今、私の手をそっと握り返した………?
次の瞬間、
ドカッ!!!
「ぎゃあああ!!!!!!!!」
鈴木くんの寝返りのキックが私の足を直撃し、ベッドから落とされる羽目になった。
「このクソ般若!!!!起きろ!!!!」
頭にきた私は、枕を抜き取ってそれで彼の体にバンバンと叩きつけた。すると
「ん゛んんんんん」
めちゃくちゃ機嫌の悪そうな声が聞こえてきた。
まさか鈴木くん、寝る前は甘くとも、起きる時は寝起き激弱なんじゃ!?
「起きろクソ般若!!!!」
「あ゛ああ!!」
鈴木くんは寝ぼけたまま私が叩きつけていた枕を寝転がった状態で片手で反射的に奪い、無意識に私の顔にそれを投げつけて来たのだ。
ベチン!!
その枕をくらった私は、後ろへと倒れた。
もう……朝から最悪です。
「大丈夫?里奈ちゃん」
「あ、はい……」
でも、諒子さんに実は鈴木くんと一緒に寝てましただなんて言えない。鈴木くんは鈴木くんで、何事も無かったように無表情で諒子さんお手製の朝ごはんを食べている。
それがまた、腸が煮えくり返るくらいに腹が立つ。
こっちはおしりから倒れたりしたから座るのが痛いって言うのに。
昨晩、この般若に少しでも浮かれてしまった私が馬鹿だった。
私の幸せな時間を返してよ……
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里奈ちゃんが洗面所を使っている時、縁側の方でぼんやりとしている拓馬から突然話しかけられた私。
「諒子」
きっと彼は私に質問があるんだ。長年彼のことは面倒を見てきたから、なんとなく勘で分かるようになった。
「何?」
掃除機をかけているところだったが、1度止めて、拓馬の方まで移動した。
拓馬はこんな事を問いかけてきた。
「俺は、何かを誤解してるのか?」
ぶっきらぼうなその顔は、どこか悲しげに写った。
「え?」
「………諒子、俺がばあちゃんを誤解してるっていつも言ってたけど、俺は何を誤解してる?お前の見解を聞きたい」
拓馬がこんな事を言ってくるなんて珍しい。拓馬はずっと、私のするおばあちゃんの話に全く聞く耳を持ってくれていなかったので、まさか今日こうしてこんな質問をされるなんて思っていなかったのだ。
「珍しい!どっか頭打った?」
「からかうんだったらもう良い」
「いやいや!ごめんって!」
私は掃除機を壁に立てかけて拓馬の隣に座った。
「で?俺が誤解してるって、どういう事なんだ?」
と拓馬。私は拓馬の目をしっかり見て話した。
「あいつが茜おばさんを殺したっておばあちゃん達三姉妹が話してるのを聞いたって言うけど、それがまず違うと思うんだよね」
「は?」
「拓馬は、あの3人が拓馬を恨んでるって言うけど、それは絶対無いと思うんだ」
「だからなんでだ」
恐らくこの子、茜おばさんが亡くなった原因は自分だというショックから、その時の事故の詳細については全く覚えていないと思うし、頭にすら入ってきてなかったのだと思う。
「茜おばさんの事故の詳細、何年かしてから改めてちゃんと聞いた事ある?」
と尋ねると、
「無い」
と言った。やっぱりそうなんだ。私は拓馬に、茜おばさんの事故の詳細について話してあげることにした。
「茜おばさんね、もしかしたら助かったかもしれなかったの」
拓馬はそれを聞いて眉をひそめた。
「おばさんが拓馬を庇って車に轢かれて亡くなった。でも、その時おばさんに衝突して来た車は実は信号無視して突っ込んできた車だったのよ」
「…………?」
拓馬は僅かに口を開けて絶句していた。
「茜おばさんを轢いた車の運転手は83歳のおじいちゃんだったんだって。判断能力が衰えている高齢者の運転によってその車は信号無視を図ったし、車道にいた茜おばさんの存在に気付くのも遅れたって訳。確かに、車道におばさんを立たせるきっかけを作ったのは拓馬だったかもしれないけど、加害者は完全にその車の運転手なの」
拓馬はそれを聞いて目を丸くしていた。
「………は?」
「まぁ、その運転手の人は数年前に亡くなったらしいんだけどね。だから私が思うに、『あいつが茜を殺した』っていう“あいつ”って、あんたの事じゃなくてその運転手の事だと思うの」
それを聞いた拓馬は静かに動揺をしていた。
「私はその会話の場所に居合わせてないから分からないけど、多分その人のことだと思うよ。おばあちゃん、拓馬の事今も昔も大好きだから、そんなおばあちゃん姉妹が揃って拓馬の事を恨むなんて考えられない」
「…………」
拓馬は少々息を荒くして、髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。
「その真実を確かめるには拓馬、おばあちゃんに聞くしかないよ。おばあちゃんとちゃんと話してごらん?」
すると拓馬はその場から立ち上がり、突然手ぶらで外へ出て行ってしまった。
きっと頭の中を一度整理したいのだろう。少ししたら戻ってくるだろうから、そっとしておいてあげよう。
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〈ばあちゃん達は……俺を恨んでない……だと?〉
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!