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第1話

モザイク症候群
3,766
2020/07/23 04:00
母
じゃあ、行ってくるわね。荷解きは、帰ったら手伝うから
上村亜美
上村亜美
うん。ママこそ、初出勤頑張ってね
初めての土地で、初めて迎える朝。
小さなマンションの一室で、私は母に朝の見送りを完了させた。
上村亜美うえむらあみ、16歳の秋。
生まれ育った街から離れて、母子ふたりで引っ越してきました。
扉を閉めて、部屋中にあふれるダンボールを眺める。
これを全て片付けることを考えると、気が滅入ってしまいそう。
上村亜美
上村亜美
(でも、頑張ろう。新しい職場で頑張ってくるママのためにも、出来ることからやらなくちゃ)
上村亜美
上村亜美
(初めての、ふたり暮らしだ……)
自分の字で“亜美”と書かれているダンボールのひとつを開けて、写真立てを取り出して、見つめた。
そこには、笑顔の自分と母の姿。
カメラのファインダーの向こう側の人の姿は、写っていない。
上村亜美
上村亜美
……
写真立ての隣に入れていたのは、引っ越しのあいさつに持っていくための手土産。
今時はあまり、あいさつには行かないものじゃないかと思ったけど、
母子ふたり暮らし、いつ何があるか分からないし、部屋の左右上下の方にはあいさつをしておこうと、ふたりで話し合って決めた。
何かあっても、助けて貰えるように。
上村亜美
上村亜美
(ママが昨日のうちに渡しに行くって言ってたのに、結局忘れちゃったんだ)
私は、自分の荷物を出すのを途中で切り上げ、玄関に向かう。
右隣は誰も住んでいないと管理人さんに聞いていたから、まずは左隣の部屋へ。
部屋番号はあるけれど、表札はない。
呼び鈴を押すと、ピンポーンと甲高い音が鳴る。
中からの反応はない。
もう一度鳴らして、今度は声もかけてみる。
上村亜美
上村亜美
こ、こんにちはー……!
すると、部屋の中からガタンと何かが落ちるような物音が聞こえてきた。
上村亜美
上村亜美
(中の人、いるみたい?)
上村亜美
上村亜美
こ、こんにちは。私、昨日隣に越してきた、上村です。すみません、ごあいさつをと思って……
少し経ってから部屋の扉が開き、中からパーカーのフードを深く被った男の人が出てきた。
上村亜美
上村亜美
初めまして! これ、つまらないものですが!
お隣さん
お隣さん
……どうも
低く、短く返してくれたお隣さんは、またすぐに部屋の扉を閉めた。
ドキドキと、胸が騒ぐ。
お隣さんには、顔がなかった。
──私は、モザイク症候群という症状を発症している。

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