第2話

お隣さんと、少女A
2,404
2020/07/30 04:00
使ったことのないキッチンで夕飯の支度をして、
温度設定をした割には熱めになってしまった湯船の用意もして、
母が帰ってくるまでの間、荷解きを再開させた。
母
ただいま、亜美ぃ~。はー、疲れた。いいにおいだねぇ
上村亜美
上村亜美
おかえりなさい、ママ。すぐご飯食べれるよ
母
ありがとう。ダンボール、かなり減ったわね
上村亜美
上村亜美
うん、ちょっと頑張ったの
空がすっかり暗くなる頃、初仕事から帰ってきた母は、崩れ落ちるように食卓についた。
一日中家にいた私は、少し早めに作って冷めてしまったみそ汁を火にかけ直す。
母
あら? もしかして、引越しのあいさつ行ってきてくれたの? ごめんね、ママすっかり忘れてて
上村亜美
上村亜美
うん、ひとりで行っちゃった。結構優しそうな人たちだったよ
母
それならいいけど……。あんた、大丈夫だったの?
上村亜美
上村亜美
大丈夫だよ、心配しすぎ
私の言葉は、一応嘘ではなかった。
上の階の人は、優しい雰囲気と口調の専業主婦の方だったし、
下の階の人は、旦那さんとふたりで暮らしている小柄なおばあさんが向かえてくれた。
そして、左のお隣さんは……。
母
亜美!
上村亜美
上村亜美
え?
母
鍋が!
上村亜美
上村亜美
わあ!
母に指摘をされた鍋は、煮立ちすぎてみそ汁が吹きこぼれていた。
慌てて火を消して、ふたりでため息。
失敗を笑いあって、引っ越し2日目を終えた。



次の日は、私の方が早く起きて朝食を作り、仕事に行く母をまた見送る。
今日は、木曜日。
本来なら、私も高校に行かなければいけない時間だけど、部屋にひとりで待機。
上村亜美
上村亜美
(今日はまず、洗濯から始めようかな)
洗濯機を回して、洗い上がった衣類を洗濯カゴに入れて、ベランダに移動する。
上村亜美
上村亜美
(今日は、いい天気)
上村亜美
上村亜美
“ニュースが君の街で雪が降るって伝えてる 今夜は暖かくしてね 指先で綴って 今日も未送信”
ベランダに続くガラス扉に手をかけながら、小さく歌を歌う。
扉を開けると、隣の部屋とのベランダの仕切り板の向こうに、人影が見えた。
仕切られているとは言っても、胸くらいまでの高さしかないから、相手の姿は確認出来る。
そこにいたのは、昨日のお隣さんだった。
お隣さん
お隣さん
!!
彼は、私の姿を見るなり、またしてもパーカーのフードを深く被り出し、ベランダから部屋に戻ろうとする。
上村亜美
上村亜美
ま、待ってください! 大丈夫です! 私、顔が分からないから!
お隣さんが、ピタッと止まる。
上村亜美
上村亜美
男の人の顔、見えないんです。モザイク症って知ってます? 私、それなので。初めて会った時から、人に顔を見られたくないのかなって……。でも、安心してください。私には見えてないんです
──U16型ウイルス、モザイク症候群。
それが、私の発症している症状の名称らしい。
これが発症してしまうと、異性の顔に靄がかかったようにぼやけ、口元しか見えなくなる。
初めての症例が確認されてから、20年。
現在、治療法は確立されていない。

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