第4話

第2章 一瞬で恋をした-2
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2018/10/24 05:03
小笠原瞳
楽しみだね。花音
花音
花音
そうだね
二人揃って、中へとつながる重そうな扉に視線を向ける。
これから『初めて』を体験するという実感が湧いてきて、胸がわくわくしてきた。
小笠原瞳
……ねぇ、中、入ろっか!
花音
花音
うん……!
笑顔でうなずきあうと、扉を瞳と一緒に体重をかけて押し開けた。
花音
花音
(わッ! なにこの人の多さ。ぎゅうぎゅう詰め!!)
中は外以上に人で埋めつくされていた。なのに、ステージ上には誰もいない。
少し音量を落としたBGMと、笑顔でおしゃべりをする人たちのざわめきが聞こえてくる。
花音
花音
(人がいっぱいで近づけないけど、意外とステージまではそんなに遠くないかも!?)
ドキドキする胸を押さえ、しばらく待っていたら、突然ステージの左袖から翔とバンドメンバーらしい人が現れた。
花音
花音
瞳、出てきた!
小笠原瞳
シッ。もう始まるよ!
グワアン! と、大きな音が鳴ってビクッと肩が跳ねた。思わず耳を手で塞ぐ。
花音
花音
わ、うるさッ……
ステージ右端にいる翔が、ライブハウス中にエレキギターのひずんだ音を響かせた。
花音
花音
(……ボーカルって、どんな人なのかな?)
曲が始まっているのに、まだマイクスタンドの前には誰もいない。
私の周りには、勉強ばかりの日常を忘れさせてくれる爆音。人の垣根と……熱気。
『何かが始まる』という期待で胸の高鳴りが最高潮に達したその時、急に音がぴたりと止んだ。そして……
観客
キャ──ッ!! キョウ──ッ
薄暗いままのステージ袖から、男の人が一人、ギターを持って現れた。
『キョウ』と呼ばれたその人は、手を振る観客には見向きもせず、まっすぐ進んでいく。
ステージ中央、マイクスタンドの前で立ち止まると、正面を向いた。
真上からコバルトブルーの間接照明がその人を照らす。歓声も止み、会場はしんと静まり返っていた。
みつめていると、彼はギターの弦の部分に手を置いたまま、マイクに唇を近づけた。
すう……と、大きく一つ、息を吸ったのがわかった。
次の瞬間、 白い光が彼を強く照らし、圧倒的な存在感をともなって浮かび上がらせる。
同時にまるで雷に打たれたみたいなすごい衝撃が、私の全身を一瞬で走り抜けた。
花音
花音
(……なにこれ……!?)
躍動的で疾走感あふれる『サウンド』だった。
そこにあるすべての音が巻きこまれていく。黄色い歓声すら、曲の一部のように感じた。
ギター、ドラム、ベース。それぞれが持つ攻撃的なノイズに歌声が合わさって、爆発的な化学変化が起きていく。
波紋が広がるように、次々と押し寄せる音の波に、立っている感覚がない。
観客みんなが大きくジャンプしてリズムを刻んでいた。一つの塊になってうねるように揺れて、まるで身体が浮いているみたいだった。
その中で私は一人、足を踏んばって立とうとした。
頭に焼きつくメロディーとフレーズ。激しい楽器の音をすり抜け届く、シャウトが混ざった印象的な歌声に、心が……震える。
彼は、今まで感じたことのない、見たことのない空気をまとっていた。

……魅せられて、目が、離せない。
印象的な切れ長で意志の強そうな目。男の人なのに、綺麗だと思った。
花音
花音
……かっこいい……
今まで体験したことのない感覚だった。すっかり音の世界に包まれて抜け出せない。
ずっと、歌っていて欲しい。もっと聴いていたい。
この瞬間が永遠に続けばいいのにと、本気で思った。
花音
花音
(お願い。終わらないで……)
繰り返されるサビのメロディー。歌が最高潮に盛り上がる。

……すべてを超越した『音』
気がつくと涙が頬をつたって、そっと、こぼれ落ちていた。
それが彼、RAISEのボーカル、『キョウ』との出会い。
すべてが彼に染まった瞬間だった。
私は、一瞬で……

恋をした。

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