第7話

Neutralization
209
2021/01/03 02:32
 俺が公園に着くと二人は既に居てなにか話しているようだった。まだ気がついていないようだったのでそっと近くの木の後ろに潜む。二人の声が聞こえる。
中川勝就
いや、俺は大丈夫やから
佐野文哉
いや、わかるよ。勝くんが僕を気遣ってることも、僕のために保健室登校してることも。じゃあ僕が学校から居なくなった方が…
中川勝就
それは関係ない。文哉は俺の事気にかけてくれてるやん。文哉がおらんかったら俺の事心配するやつおらんよ
佐野文哉
そんなことない。勝くんは人気があったじゃん。勝くんは誰よりも頼りになったし
中川勝就
うん、せやな。でもな、俺ももう疲れたんよ。教室あっこで頑張るん
佐野文哉
そんなことない、僕がいなくなったらきっと元に戻る。僕がいるから
 現実に打ちのめされた勝くんと過去を見続ける文哉の会話。きっとどこまでも平行線で二人はずっとこうしていたのかもしれない。
 じゃ、俺がその平行線を経ち切ってやる。
浦野秀太
みーつけた♪
佐野文哉
…浦野秀太…なんでここに…
浦野秀太
偶然だよ、偶然…えっとお隣の彼は?
 俺は目配せをして勝くんにウィンクする。勝くんはわかったのかフワッと前髪をかきあげる。
中川勝就
中川、中川勝就です。一応クラスメートやんな?
佐野文哉
うん、そう話してた絡んでくる転校生
浦野秀太
絡んできたとは失礼な!仲良くなりたいだけだよ
佐野文哉
なんで僕なんかと仲良くなりたいかなぁ?
浦野秀太
直感。こんな面白そうなやつそういないからね
中川勝就
文哉面白そうなんやて
佐野文哉
あー勝くん笑ってない?おもしろそうってなんだよ
浦野秀太
面白そうじゃん、きっと文哉の世界は面白いよ
佐野文哉
いきなり呼び捨てだし。僕は別に一人でも平気だから
浦野秀太
そんな寂しいこと言わないの、本気で心配してそばにいてくれた友達いるんでしょ?
佐野文哉
で、でも、僕のせいで教室来れなくなったし
浦野秀太
それは文哉のせいじゃないだろ、ちゃんと思い出せよ
中川勝就
秀太、ちょっと
浦野秀太
中川くん、任せてよ。文哉は変われる
佐野文哉
なんだよ、お前はなんもわかんないだろ
浦野秀太
わかんないよ、何があったなんてあとから知ろうとしてもお前の気持ちなんかわかんない
佐野文哉
なら…
浦野秀太
でも、だからこそ、文哉は前に進まなきゃいけない。過去に何があったとしても、今現在がどんだけキツくても
佐野文哉
でも、僕がいるから
浦野秀太
文哉、存在して悪い人間なんかこの世にいるはずないんだよ
佐野文哉
 俺の言葉にすぐに反発していた文哉の言葉が止まった。そのまま頬に涙が流れる。何て綺麗な涙だろう。
中川勝就
文哉、こいつの言う通りやわ。俺は文哉と一緒にいたい。文哉が必要や。
 否定的な言葉を投げるのは簡単だ。存在を否定し続ければそのようにインプットされる。文哉はきっと教師に存在を否定され続けた。だから、否定されない世界に文哉は不安感を強めた。不安定な存在と共に発作を起こす。知ってか知らずか勝くんもその場所から去ってしまうことで文哉は自分が悪者と言う立場でクラスメートからの無言の攻撃で存在しようとしたんだろう。
佐野文哉
お前がお前が来たから…
浦野秀太
いいよ、憎んだって。でも、これだけは約束して欲しい
佐野文哉
なにを…
浦野秀太
タピろう!
 文哉の緊張でこわばった表情が途切れ吹き出す。
佐野文哉
なんだよ、それ
浦野秀太
だーから、最初から言ってんじゃん。仲良くなりたいって
佐野文哉
だからってなんでタピオカなんだよ
浦野秀太
いってみたいじゃん?友達とタピオカ
佐野文哉
行ったこと、ないの?
中川勝就
ないんやて、くっそ真面目な学校通ってたらしいで
佐野文哉
え、勝くんなんで?
浦野秀太
もー、なんでバラしちゃうのさー
中川勝就
もう我慢できんくて
佐野文哉
え、え?
浦野秀太
勝くんから文哉の話聞いてさ、俺もっと仲良くなりたいって思ったんだ。もちろん勝くんともね
中川勝就
わざわざ俺んち調べて来たんよ、こいつ。ストーカーやで
浦野秀太
ストーカーじゃないから
中川勝就
俺も言ったんよ?文哉のことはそっとしといてくれって、俺らには構うなって
浦野秀太
そうそう
中川勝就
でも、全然引かないの
佐野文哉
それで…
中川勝就
俺も、文哉も前に進むチャンスやと思った
佐野文哉
前に…
中川勝就
俺、頑張って教室行くわ
 勝くんが手をきゅっと握りしめた。怖いんだよね、わかるよ。
中川勝就
せやから、一緒に学校行かん?
佐野文哉
え、…
浦野秀太
文哉が断るなら俺が行くよ
佐野文哉
待てって、なんでお前が出てくんだよ
浦野秀太
前に進もうよ。青春しなきゃもったいないよ。
中川勝就
俺、一人だったらやっぱ教室までは無理かもしらん。だから、文哉と一緒に行きたい
佐野文哉
う、うん。行こう。
浦野秀太
じゃ俺も
佐野文哉
なんでだよ、お前は関係ないだろ
浦野秀太
えー、なんでだよ
佐野文哉
僕と勝くんは運命共同体だから、ね
中川勝就
せや、運命共同体やったな
浦野秀太
えー、俺も運命共同体なりたいー
佐野文哉
それはどうだろね?
中川勝就
やな
浦野秀太
えー、仲間に入れてよー
佐野文哉
もう、必要ないんだよ、運命共同体
浦野秀太
ん?どういう?
 文哉がたたっと駆け出してくるっと振り返る。
佐野文哉
もう、あの地獄は終わったんだから
 勝くんがその瞬間両手で顔を覆った。小刻みに肩を震わせる。俺はその肩を抱いて軽く叩いてやる。
 文哉の呪縛が解けたんだと思った。これで問題が解決する、俺はそう確信していた。

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