その日俺は学校に一番乗りで登校した。勝くんの席の準備をして迎え入れなくては。職員室で教師に言うと『ほんとに来るのか?』と怪訝そうな顔をされたが、俺の正体を知ってる教頭がすぐに笑顔で準備してくれた。『君は国の宝だからね』とヨイショまで忘れないところはちゃっかりしてるようにも思える。教室の一番後ろ、文哉の席の隣に机を並べる。うん、いい感じだ。あとは二人が登校するのを待つだけ。
俺の思う普通ってなんだっけ…友達と仲良くして、馬鹿みたいに笑って、学校の校則破って買い食いして、先生にバレて怒られて…そんな世界はやっぱりファンタジーだったのか?
固まった俺の後ろから待ち望んでいた二人の声が聞こえた。俺が怯んでどうする。俺は動じない動じてたまるか。
教室に二人が入ると教室の空気が変わった。動きが止まり誰も一瞬話さなくなった。勝くんが申し訳なさそうに頭をかいた。
クラスメイトが小声でひそひそ話を始める。勝くんはゆっくりと席に向かうが机の上に鞄をおいて、フーッと息を吐いた。
勝くんが大声で言った叫びには思いが詰まっていた。一瞬黙った周りも、またざわざわと喋り始めた。まるで今のことがなかったかのように。いたたまれない気持ちのなったのは文哉だった。地獄と彼は言った。そんな日々を少しでも助けてくれていたのは運命共同体と支えあった勝くんだっただろう。勝くんの言葉が届かなかった世界に文哉が切れた。
自分の机を蹴ってごめんって言った気がした。
なんだかそれがスローモーションみたいになって一瞬理解できなかったけど、勝くんの声で我に返った。
二人が教室から駆け出した。俺も慌てて二人を追った。
糞みたいな台詞が聞こえた。そんなのどうだって良い。普通なんて、普通なんて…
誰に届けるわけでもない、ただ自分の気持ちが声に出た。そして二人の後を追って走った。無駄に速すぎんだよ、文哉。勝くん足長くない?
こんな走ったのいつ振りだろう?
階段を1段飛ばしで駆け上がって、屋上について…
なんでこいつら平気なんだよ。体力化けもんか?俺なんか息が上がって…
心臓が強く打つ。鼓動がすごい速い。呼吸が苦しい。目の前がくるくる回る。そんなとき康祐くんの声が聞こえた気がした。
あぁ、ごめん康祐くん。約束破ったわ。でも、多分だけどそれで良かったかも。だって階段上ってくるたくさんの足音が聞こえるもん。
目の前が真っ白になって声しか聞こえないけど、二人が心配してくれてる。俺が倒れて心配してくれてる。嬉しいな。そういえば文哉が初めて秀太って呼んでくれてない?一生呼ばれないと思ってたよ。
なんか勝くんに抱き抱えられてる気がする。これでしょ、これが友達でしょ。これでやりたかったこと出来た気がする。
あぁ、しまった。タピオカか。タピりたかったぁ。でももう、あぁ、意識も消えそうだ。
ありがとう
二人に出会えて良かったよ
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!