第8話

Life
201
2021/01/04 16:32
 その日俺は学校に一番乗りで登校した。勝くんの席の準備をして迎え入れなくては。職員室で教師に言うと『ほんとに来るのか?』と怪訝そうな顔をされたが、俺の正体を知ってる教頭がすぐに笑顔で準備してくれた。『君は国の宝だからね』とヨイショまで忘れないところはちゃっかりしてるようにも思える。教室の一番後ろ、文哉の席の隣に机を並べる。うん、いい感じだ。あとは二人が登校するのを待つだけ。
クラスメート
浦野、おはよう
浦野秀太
あ、おはよう
クラスメート
ん?あいつくんの?
浦野秀太
勝くん?今日から教室戻るって言うからさ、準備してるんだよね
クラスメート
ほんとお前変わってんなぁ
浦野秀太
そんなことないと思うけど
クラスメート
普通はそんな落ちこぼれなんてほっとくの。うまく立ち回って、先生に嫌われないようにして。あいつらみたいに歯向かったりしないんだよ
 俺の思う普通ってなんだっけ…友達と仲良くして、馬鹿みたいに笑って、学校の校則破って買い食いして、先生にバレて怒られて…そんな世界はやっぱりファンタジーだったのか?
中川勝就
おはよう、秀太
佐野文哉
おはよ
 固まった俺の後ろから待ち望んでいた二人の声が聞こえた。俺が怯んでどうする。俺は動じない動じてたまるか。
浦野秀太
おはよ、遅いんだけど?
佐野文哉
お前が早すぎんの
 教室に二人が入ると教室の空気が変わった。動きが止まり誰も一瞬話さなくなった。勝くんが申し訳なさそうに頭をかいた。
浦野秀太
勝くんの席文哉の隣ね
中川勝就
あ、ありがと
クラスメイトが小声でひそひそ話を始める。勝くんはゆっくりと席に向かうが机の上に鞄をおいて、フーッと息を吐いた。
中川勝就
なぁ、俺らそんな悪かったんかな?ダチ守るんそんな悪いことか?
佐野文哉
勝くん、大丈夫だから
中川勝就
お前らの仲良い友達が理不尽な目に遭ってたら、お前らは捨てるんか?俺はそれは出来んかってん。それってそんな悪いことか?
 勝くんが大声で言った叫びには思いが詰まっていた。一瞬黙った周りも、またざわざわと喋り始めた。まるで今のことがなかったかのように。いたたまれない気持ちのなったのは文哉だった。地獄と彼は言った。そんな日々を少しでも助けてくれていたのは運命共同体と支えあった勝くんだっただろう。勝くんの言葉が届かなかった世界に文哉が切れた。

 自分の机を蹴ってごめんって言った気がした。

 なんだかそれがスローモーションみたいになって一瞬理解できなかったけど、勝くんの声で我に返った。
中川勝就
文哉待てって
 二人が教室から駆け出した。俺も慌てて二人を追った。
クラスメート
浦野!やめとけって
 糞みたいな台詞が聞こえた。そんなのどうだって良い。普通なんて、普通なんて…
浦野秀太
誰かを傷つけても平気な普通なんて異常だからっ
 誰に届けるわけでもない、ただ自分の気持ちが声に出た。そして二人の後を追って走った。無駄に速すぎんだよ、文哉。勝くん足長くない?
 こんな走ったのいつ振りだろう?
 階段を1段飛ばしで駆け上がって、屋上について…
佐野文哉
やっぱり、やっぱりダメだった
中川勝就
ホンマやな、ダメやったな
 なんでこいつら平気なんだよ。体力化けもんか?俺なんか息が上がって…
浦野秀太
ダメじゃ…ダメじゃない!二人は一番…一番生きてる、痛みも苦しみも全部わかってる、だから、だから
 心臓が強く打つ。鼓動がすごい速い。呼吸が苦しい。目の前がくるくる回る。そんなとき康祐くんの声が聞こえた気がした。
本田康祐
運動は絶対ダメな
 あぁ、ごめん康祐くん。約束破ったわ。でも、多分だけどそれで良かったかも。だって階段上ってくるたくさんの足音が聞こえるもん。
中川勝就
秀太、秀太
佐野文哉
秀太!どうしたんだよ!
 目の前が真っ白になって声しか聞こえないけど、二人が心配してくれてる。俺が倒れて心配してくれてる。嬉しいな。そういえば文哉が初めて秀太って呼んでくれてない?一生呼ばれないと思ってたよ。
中川勝就
秀太、秀太!
佐野文哉
誰か保健の先生呼んで、救急車も
 なんか勝くんに抱き抱えられてる気がする。これでしょ、これが友達でしょ。これでやりたかったこと出来た気がする。
中川勝就
秀太起きて、秀太
佐野文哉
タピオカ行くんだろ、こんなとこで倒れるなよ
 あぁ、しまった。タピオカか。タピりたかったぁ。でももう、あぁ、意識も消えそうだ。

 



   ありがとう

 



   二人に出会えて良かったよ

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