⚠︎注意⚠︎
サクの絵を元にした小説ですので、一応メインがこの小説を書いている主です。ご不快になられる可能性がある方は今すぐにブラウザバック推奨です。
【深海にユメを溶かす】
いつの間にか、自分の周囲全てが濃紺に包まれていた。ぼやけているように鮮明な色彩は、何もかもを曖昧に薄れさせて。惚けていて浅い思考は、奥ゆかしく呑み込まれそうな深淵に忘れさせられる。
何となく閉じた瞼を再び開いてみれば、深海の底に身を投じてしまったかのような光景が、そっと飛び込んでくる。酸素が足りない訳でも無いから、本当に水中という訳では無いのだろう。だが何故か、自分が今どうやって呼吸をしているのか分からなかった。
未体験の感覚に溺れている現に、これは夢なのだろうかと漠然と思う。疑問という取っ掛りにさえ、するりと抜け落ちてしまいそうなこの空間に対する不快感は、全くと言っていい程に無い。考えれば考える程、思考回路が鈍って霞がかかって。まるで、思考が眠っているようだ…なんて思ってみたり。
小さな気泡を食み、多くの雫を纏っていれば、涙の流し方さえ分からなくなっていく程に、魅入られていく幻想のようだった。儚げなのに緩い流れを孕む水に浸っていれば、軈て全てが自分を透過しているような感覚に陥る。それにさえ、綺麗だと本能的に思ってしまう自分は、幻夢の想に囚われているのだろうか。
例え、そうだとしても構わない。刻が存在しないこの空間が、何よりも心地好くて立っている事ですら自覚が無くなっていく。花鳥風月よりも美しく、春夏秋冬を感じさせない此処に、いっその事同化して解け合ってしまいたい。くぐもっては通り過ぎる水音が耳を流れていく度にそう思う。
辺りには暗い寒色しか無いのにも関わらず、体温を奪われる事もここを怖いと感じる事も無い。奥へ奥へと手招きされるような青、藍、蒼、碧。奇妙で混濁としているそこに、膨らんでいく興味からか惹かれるように手を伸ばす。落ちて堕ちて真っ逆さまに沈んでしまう事も厭わずに、鼓動さえ聞こえなくなっていく事にも気付かずに。
「…まさか、ここまで来てしまう人が居たとは」
ここで初めて聞いた声に、没却しかけた脳裏の全てが徐々に浮上する。ふと前を見てみれば、足場さえ何処なのか分からない場所に、人が立っていた。後ろ姿と声だけでは、性別も年齢も分からない容姿に、只管に疑念だけが募っていく。
その人物が付けているパーカーのフードの耳に、深海魚のように淡く静かな縹色の蛍光色が灯り、何処からか生やしている猫のような尻尾のような形をしているそれが、ゆっくりと気侭に揺蕩う。
「ダメだよ、そこから先へ行っては。君は“まだ”夢の中だ」
理解なんて出来ない…否、しようとさせない言い回しと、思わず無言で頷きたくなってしまうような言葉。普通、声は抑揚や発し方によって何処と無くどんな感情が篭っているか、分かるものなのだがそれらが一切汲み取れない。でも、無機質に言っているようにはとても聞こえない、不可解で仕方が無い口調。
「ほら、考えれるようになってきただろう?なら君“は”大丈夫だ」
…何故、自分限定のような言い方をしたのか。なら貴方はどうなんだ。貴方は一体、何をどこまで知っているのか。そんな疑問点が尽きぬように浮かんできて、それを直接聞こうと思って初めて気が付いた。
声が、出せない。
声帯が無くなった訳でも、体がここに存在しない訳でも無い。それなのに、喉元に全ての言葉が詰まってしまって何一つ吐き出せやしなかった。そんな焦った様子に気配か何かで気が付いたのか、その目の前の人物は少しだけ振り返って、最後にこの一言だけを残した。
「全て忘れて眠りなよ、おやすみなさい」
少しだけ見えた口元は何故か、浅く弧を描いていて覗いた銀髪が優しく揺れた。鼓膜というよりも、その奥に染み込むように響いたその一声だけで、異様な睡魔が滝のように襲ってくる。急激な眠気によって足元が覚束無くなっていき、これ以上無い程に瞼が重くなり、軈てそれらに耐えられなくなっていく。
そして、完全に意識が落ちる前に瞳が捉えたのは、何処か名残惜しそうなあの人のほんの少しだけ哀愁漂う、背中だけだった。
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造語
幻夢の想
この夢現な空間そのものの思惑の事を指す。そもそもあるかどうかさえ分からないが。
幻夢;ゆめまぼろし、儚いこと
想;考え、構想
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。