第18話

鉄の塊
153
2020/03/03 11:00
戻ってもまだジェットコースターは走り続けて止まる気配を見せないでいた。
果たして時速180kmの鉄の塊を俺に止められるか…
桜井 紫苑
……いや、やるしかねぇよ。
立ち尽くしていた足に鞭を打ち、俺はホースを手に野次馬を掻き分け、ジェットコースターの列に並ぶ他の客を掻き分け、乗り場まで行く。
そこには緊急停止ボタンを必死に押しているスタッフと警察に電話をかけるスタッフの姿があった。
どこに結ぼうか、と考えていると物凄いスピードを出したジェットコースターが目の前を通り過ぎる。
その時、泣き声も聞こえたような気がした。
桜井 紫苑
考える時間もないのかよ!
スタッフの声を無視して俺は近くの鉄で出来た柱に近付くといつしかキャンプの時に使った解けにくい結び方でホースを結び始めた。
桜井 紫苑
これでもし失敗したら…
次は誰を殺せばいい?
誰を殺して俺と澪奈の命を繋げればいい?


ナツみたいにぐちゃぐちゃにしたくない…
てか、このままじゃ間に合わない。
この柱だけ結んで向こうの柱に結びに行けない。
もう一周待ってもらう?
…いや、そんな猶予はないに決まってる。
ふと顔を上げた時、ホースの片方を持った涼雅がコースを渡り、反対の柱の前にいた。
桜井 紫苑
涼雅!
武政 涼雅
困ってるお前を見てて、俺がほっとくわけねーだろ?結べばいいのか?
桜井 紫苑
あ、ああ!絶対に解けないようにしてくれ!
武政 涼雅
了解!
涼雅がホースを俺と同じ結び方で手早く結ぶ。

ちょうど結び終わった頃に遠くの方から暴走ジェットコースターが走って来るのが見えた。
武政 涼雅
次は何をしたらいい!!
桜井 紫苑
めいいっぱい引っ張れ!壁みたいに!ここで止めたい!
武政 涼雅
了解!お前、手を離すなよ!
桜井 紫苑
それはこっちのセリフだ!!
ホースを掴み、同時に後ろに下がる。

ふにゃっとしていたホースはピンっと張られて、今からやってくる暴走ジェットコースターを迎える形に入った。
これで止まってくれ…
遠くから悲鳴と共に物凄いスピードでジェットコースターがやって来る。

風が吹いたと思ったと同時にホースを掴んでいた両手両腕が一気に引っ張られる。
桜井 紫苑
くそっ!!止まれぇぇぇぇっ!!!!
その時、目の前で女の子が宙に放り出された。
女の子
え……?
この高さから落ちたんじゃあんな小さな体はぐしゃぐしゃになってしまう。

そうすればGAME OVERだ。
桜井 紫苑
おい!涼雅任せた!!!
武政 涼雅
は!?
考える前に体が動き、コースターのレールを走るとジャンプして宙の女の子を引き寄せた。
女の子
えっ、お、お兄ちゃん?何で…
桜井 紫苑
絶対に捕まっとけよ!!
女の子の小さな体を庇うように抱き締めて、俺の背を下に向ける。

やがて重力に従って俺達は落ち始めた。

レールの下は草木が植えてあって運が良ければそこの上に落ちて生きれるだろう。

もし違ったら………いや、考えないことにする。

視界にレールが入り、フェンスが入り、そして……
ドシャッ!!!!!

























………し…ん……しお……っ…
柊 澪奈
紫苑っ!!!
桜井 紫苑
うわっ!!!!
瞼を開けるなり目の前に澪奈の顔があって思わず起き上がろうとすると、俺は思いっきり澪奈に頭突きをかました。
桜井 紫苑
いってぇ…!!
柊 澪奈
もぉ…こっちも痛いけどそんなに元気なら大丈夫そうだね。
床に座り込んだ澪奈が額を擦りながら笑う。
桜井 紫苑
あ、あの子は!?大丈夫なのか!?
武政 涼雅
うるせーうるせー、そんな大声出すなって怪我人なんだからよ。
呆れて笑う涼雅が横の扉を開けると女性が入って来て、その女性の脚には俺が助けた女の子がしがみついていた。
女性
ほら。
女の子
あ、あのお兄ちゃん…私のこと、本当に助けてくれてありがと…
桜井 紫苑
怪我は無い?
女の子
……。
女の子は無言で頷いた。
桜井 紫苑
なら、良かった。
女性
本当にありがとうございました。心より感謝いたします。
桜井 紫苑
そんな別に俺は大したことしてないですよ。
2人は戸惑っていたが、俺が安心させるように笑うと女の子の表情は明るくなった。
柊 澪奈
もうこの人元気だから時間もあるし遊んできてもらって大丈夫ですよ!
女性
とんでもない!まだお礼も何も…
桜井 紫苑
いや、お礼なんていいっすよ。
柊 澪奈
折角の遊園地なんですから、めいいっぱい楽しまないと!
澪奈が励ますように親子の背中を押して、部屋の外に出そうとする。

すると、女の子が出る寸前に振り向いた。
女の子
ねぇ、お兄ちゃん!お名前何?
桜井 紫苑
俺?桜井紫苑。
女の子
私は瑠々!紫苑お兄ちゃんは私のヒーローなの!いつか絶対に恩返しするから!またいつか会えたら遊ぼ!
そう笑った瑠々ちゃん。

ヒーローなんて言われて凄いモヤッとした何かを感じながら俺は…
桜井 紫苑
会えたら、な。
とだけ答える。

そして、嬉しそうに笑った瑠々ちゃんが出て行った扉を俺はずっとぼんやりと見ていた…

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