クラルスの呼びかけに気がついて顔をあげる。彼は心配そうな表情を向けていた。
月石のことが気になり、今日の手合わせは全く集中できなかった。あまりにも失敗が続いたのでクラルスは不安に思ったのだろう。
彼は優しくほほ笑んでくれた。気遣ってくれたクラルスのために大人しく自室で休むべきなのだが、月石を理解したいという思いが強い。
城の書庫には宝石関連の書物が置いてある。何か月石に関するものがあるかもしれない。
僕たちはすぐに着替えをして書庫へ向かった。
城の外れにある書庫は、昼間でも薄暗い。重圧な扉をクラルスが空けると、古書独特な埃とカビの臭いが僕たちを出迎えた。
あまり書庫へ人は出入りをしないのだが、今日は先客がいた。
あざやかな紅色の短髪の父上は、セラと同じ金色の目を細める。
”宝石”と聞いて父上の表情が変わった。昨晩、母上から僕へ月石のことを伝えたのは知っているのだろう。
父上に会釈をして横を通り過ぎたとき、「いつもどおりにしていなさい」と小声で告げられた。
そんなことを言われても、原石が宿っていると思うと落ち着いてはいられない。
僕は今まで宝石とあまり接点がなく、知識が乏しいので少しでも理解したいと思う。
父上も僕の気持ちをわかってくれているのか、無理やり書庫から引き離そうとしなかった。
父上はお目当ての書物を見つけたようで、数冊ほど小脇に抱えて書庫をあとにする。
書庫には僕とクラルスだけになり、他に誰かが近寄ってくる気配もない。
一番奥の本棚の前へ足を運ぶと、宝石関連の書物が隙間なく並んでいる。すべて目を通すには時間がかかりそうだ。
クラルスは他の本棚へ移動して、書物を手に取り読み始めた。
月石のことは他言無用と母上から言われているのでクラルスに話すことはできない。彼に隠し事をしている罪悪感が心の隅に居座っていた。
本棚へ向き直り、上段の書物を手に取る。読み進めるが、各宝石の歴史書だった。
他の書物も手に取ってみたが、専門用語たっぷりの論文、魔法原理についての書物。僕の求めている情報は、なかなか見つけられない。
月石のことが書かれている書物を見つけたが、公に知られていることしか載っていなかった。
やはり原石に関しての情報はそう簡単に見つからない。
次々に書物を見ていくが、これといって有益な情報を得ることができなかった。
今日は諦めようと天井を仰いだとき、本棚の上に一冊の古い冊子があることに気がつく。
手に取ってみると、表紙には埃がかぶっていた。しばらく誰にも触れられた様子はない。
ていねいに埃を払い、表題を確認したが何も書かれていなかった。表紙をめくって始めの頁に「太陽石と月石について」と走り書きで記載されている。
飛び込んできた文字に、心臓の鼓動が早くなるのがわかった。今まで見てきた書物と明らかに雰囲気が異なる。
心が期待と不安のふたつに満たされ、指も小刻みに震えていた。
意を決して頁をめくると、そこには数行の短い文章が並んでいる。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!