信じがたい内容に思わず息をのむ。
太陽石はルナーエ国の象徴であり、世界にひとつしかない原石。おいそれと他国に貸せるものではない。
僕たち王族や高名な宝石師でさえ、原石が安置してある宝石室へ近づくことを禁止されている。そのくらい原石への管理は厳しい。
少しの沈黙のあと、低く沈んだ声が聞こえてきた。
足音が扉へ向かってきたので、急いでひと気のない反対の回廊へ移動する。
柱の陰から書斎前を見ると、ミステイルの国王が立ち去る姿が見えた。
乱れている呼吸を整えて、柱へ寄りかかる。
まさか太陽石の貸借の話があるとは知らなかった。そして、最後のミステイル国王の言葉に胸騒ぎがする。
突然声をかけられ振り向くと、ガルツ王子が回廊の暗闇から現れる。思いもよらない人物の登場に言葉を詰まらせた。
まさか僕が母上たちの話を聞いているのを見ていたのではないのか。ここで動揺してはいけない。
早くなる心臓を感じながら、努めて冷静に受け答えをする。
とにかくガルツ王子から離れたく、適当なことをいい彼の横を抜ける。
走り出したくなる気持ちを抑え、ゆっくりと歩いた。しかし、それがあだとなる。
ガルツ王子は唐突に僕の左手を掴んで壁に押しつけた。さらに逃がさないよう右肩を掴まれる。
赤紅色の瞳と視線が交わると、身体は縫いつけられたように動かない。
彼はゆっくりと手に力を入れ始めた。ガルツ王子の指が肌に食い込み、痛みが走る。
手を振り払おうとしたが、まったく抵抗することができない。
彼は表情を変えることなく僕を見据えており、恐怖を感じる。
聞きなれた声が回廊に響く。声のしたほうを向くと、クラルスが慌てた様子で僕たちを見ていた。
ガルツ王子はクラルスの存在に気がつくと、手をゆっくりと離す。掴まれていた箇所がずきずき痛み、思わず顔が歪んだ。
クラルスは足早に僕のそばへ歩いてくる。
僕たちはガルツ王子を残し、その場から離れた。
クラルスがきてくれてほっとする。いまだに痛む右肩を手で押さえると、彼は心配そうな表情を見せた。
僕の答えにクラルスは苦笑して眉をさげる。
彼は僕が何をしていたのか言及しようとはしなかった。
今ごろクラルスがきてくれなかったのなら、どうなってしまったのだろう。
嫌な考えを振り払うように頭を左右へ振った。
夜会の会場へ戻ると、お開きの流れになっている。セラは僕の姿を見ると「どこへ行っていた」と頬を膨らませていた。
会場を見渡すとガルツ王子はすでに戻ってきており、母上たちと談笑をしている。
不意にガルツ王子と目が合う。先ほどの気まずさがあり、反射的に目をそらした。
その後、ミステイルの国王とガルツ王子に社交的なあいさつを交わす。
彼は何事もなかったような振る舞いだった。先ほどのことは、悪い夢でも見ていたかのような感覚になる。
裏門でお見送りをしあと、ミステイルの国王とガルツ王子は船に乗り込み母国へと帰っていった。
長い夜会が終わり胸をなでおろす。
彼らの不可解な行動や太陽石の話が、ずっと心に引っかかっていた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。