セラのあとを追い露台へ出ると、満天の星と満月が僕たちを見下ろしている。外の空気は室内の熱気とは対照的にひんやりとして気持ちがいい。
セラは露台の手すり近くまで歩くと、少しうつむいた。
セラの声色で、機嫌が悪いということを察する。何か気に障ることがあったのだろうか。
問いかけると、眉をつり上げたセラの顔がこちらを向いた。
どうやら貴族の言動に怒っているようだ。僕はうつむいているセラの髪をなでた。
昔、ルナーエ国が絶対女王制だったころ。女王は自分の息子を、王位が継げない役立たずと虐げていた。それが貴族や国民にまで浸透してしまい、王子軽視は長年続いている。
時がたつにつれて薄れているが、一部の者にはいまだ根強く残っていた。
父上は元々ルナーエ国出身ではない貴族。母上と父上の婚姻は政略結婚ではなかったそうだ。
そのため自分の息子を婿にできなかったルナーエ国の貴族からは、よく思われていない。父上がどんなに偉業を成しても認めようとしなかった。
セラは少しの沈黙のあと、顔を上げ僕を真っ直ぐ見つめる。
セラの瞳には決意の光が宿っていた。きっと彼女なら、それを成し遂げてくれると信じている。
不意にセラは僕の手を引いて強く握った。
菜の花色の瞳と視線が交わり、自然とほほ笑む。
次期騎士団長といえども、セラが婚姻すればその夫に騎士団長の座を譲位しなければならない。その前に僕は婿に出されるはず。
お互いずっと一緒にいられないことはわかっている。それでも僕たちは必ず破られる約束をした。
ふと一階へ視線を落とすと、回廊に人影が見える。目を凝らすと母上とミステイルの国王だ。
向かっている先は母上の書斎。なぜ二人は夜会を抜け出しているのだろう。心に引っかかりを覚えた。
セラと壁沿いにいるクラルスに適当な理由をつけて、母上の書斎へ向かう。
自分の規則正しい足音だけが響いている。書斎へ伸びている回廊には誰もおらず、静まり返っていた。
いつもなら見張りの騎士が必ずいるはずだ。母上が下げたのだろうか。
普段と違う雰囲気に不安の感情がわき上がってくる。
書斎前までたどり着くと、番をする騎士もいなかった。それだけ秘密裏に話したいことなのだろう。
室内からかすかに話し声がもれていた。僕は扉まで近づいて、会話に耳を傾ける。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!