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第110話

雅 サイドストーリー3⃣
170
2022/04/02 11:38
それから少しして期末テストも終わり、3年生の卒業式が近付いてきた。


卒業式の時に歌う「旅立ちの日に」は、俺が伴奏を努めることになった。
推薦があった訳だが、俺を推薦した張本人というのが実を言うと瑞乃なのだ。


瑞乃曰く、最初に瑞乃ともう何人かが吹奏楽部内から候補として名前が上げられたそうで、瑞乃としてはピアノを弾くことは好きだが、緊張して多分弾けないという事で、突発的に俺の名前を出したそうな。


そういえば瑞乃の前でピアノを弾いたことがあったな。彼女はそれを覚えていたのだろう。



そういった事があり、彼女から
「そういう事だから、今度先生の前で弾いてほしい!」
と頼まれた。それで譜面を渡されたのだ。それが期末テストの2週間ほど前の話。
ピアノは習っていたけど、俺にはブランクもある。俺なんかが先生達からOKが貰えるとは到底思っていなかったが、
その時、清人くんの顔が浮かんだのだ。


そうだ。


3年生の卒業式。


それはつまり、



大事な幼なじみの清人くんの卒業式でもある。



そう思った時、清人くんを驚かせたい、喜ばせたい。って気持ちが働いた俺は、1週間後の伴奏者の選抜会に向けて練習を始めた。

とはいえ、立候補者や推薦者がたくさん居た中から選ばれた訳では無い。「旅立ちの日に」の伴奏希望者は4人ほど。でもその中から俺を選んで貰えたことは光栄だった。


そういう訳で、期末テストの返却が始まったくらいからは、実際に卒業式の時に使う、体育館舞台袖に置いてあるピアノで伴奏の練習を始めた。


そしたら…


たまたまそんな俺の姿を純理が見つけたのだ。


バドミントン部の部活が始まる前に、早めに来てみたら伴奏が聴こえてきたと彼女は言う。

2人きりの舞台袖。純理はそこで清人くんに対しての思いを吐露した。

どうも純理は、告白した日から清人くんに会えていないらしい。このままだと気まずい感じに終わってしまいそうなので、ちゃんと清人くんに「卒業おめでとうございます」と伝えるんだと彼女は言った。

その気持ちの背中を押した所で、彼女からピアノを演奏して欲しいと頼まれた。


「ねぇ、せっかくだから伴奏聴かせて…?」


君の前だと緊張すると言ったけど、そんなんで本番どうするんだと笑われてしまった。


それから間もなくして伴奏を弾き始めた俺。その場にあった箱馬に腰掛ける彼女は、小さい声で歌い始めた。

可愛らしい歌声だったことを今でも覚えてる。

俺は弾きながら、清人くんと共に過ごした高校生活の思い出を振り返っていた。
そんな事を頭の中で広げていたら、なんだか泣きそうになった。

それから純理も部活へ、俺もバイトに行くからと舞台袖で純理と別れ、舞台袖の階段を下りていたその時だった。




うっかり譜面台に楽譜を立てっぱなしで袖を後にしようとしていた俺に、純理が俺のことをこう呼んで引き止めてくれた。











「雅…!」










純理の口から聞く初めての3文字の組み合わせに、俺はハッとしてすぐさま純理の方へ振り向いた。


あんなに呼ぶのを躊躇っていたのに。


「今……なんて…?」


「いや…えっと……」

純理は顔を赤くして、俺に譜面を渡してくれた。

「譜面…忘れてるよ」

「あ…。うん、ありがとう」

俺は微笑み返してその場を去った。体育館を出た後に、名前で呼ばれただけなのに顔が火照っている自分に驚いてその場にしゃがみ込む俺。心臓の鼓動がこれまでに無く速くなっていた。深呼吸をして落ち着かせてからバイトに向かったという事は、純理には内緒。



しかもその夜、部活帰りに純理が俺に会いにバイト先のパン屋に寄ってくれた事も凄く嬉しかった。

それだけでも十分に嬉しいというのに、純理はこんなことも言ってくれた。


「雅…って、すごくいい名前だよね」


って。




美しくしなやかに育ち、華やかな人生になりますように。


雅という俺の名前には、そんな両親の想いが込められていると前に聞いたことがあった。自分の名前は気に入っているからこそ、余計に純理から名前を褒められた事が嬉しかった。






そんな事言ったら君の名前だって凄く可愛いし、素敵な名前だと思ってるよ。







純理。










それから卒業式当日を迎え、式が終わって最後に清人くんに挨拶しに行ってきなと後押しをした俺。純理は清人くんの教室に行って、ありがとうという気持ちと、卒業おめでとうという気持ちをちゃんと伝えて帰ってきた。

純理はまっとうした顔で帰ってきて、俺にもお礼を言ってきた。

「……俺、純理ちゃんのそういう真っ直ぐな所、好きだなぁ」


俺はそんな真っ直ぐな純理に対してそう伝えた。そしたら純理、どういう訳か顔を赤くしていた。そんな純理が愛おしかった。


でもね純理、今だから言えるのはね、



君はその時清人くんからネクタイを譲り受けて、それを早速俺の前で付けていたけど、






あれ、本当はちょっと嫉妬してた。







その数日後のホワイトデーの時だってそうだよ。

バレンタインで色んな子からチョコを貰っていた俺は、パンをお返しとしてみんなに渡そうと試みて、小さめのチョコマーブルパンをたくさん作って持って行った。

純理からはトリュフを貰っていたし、そのお返しにと純理の教室に行った時、純理は俺のお返しどころか、清人くんからのお返しが来たことに喜んでいたよね。卒業を機に登校期間を終えた清人くんが、わざわざ昼休みの時間を狙って純理を含む、バレンタインの時に自分にくれた人たち全員へのお返しを渡しに学校まで会いに来たらしい。そんな清人くんモードになってる純理に俺はとあることをしてしまった。




「俺、そういえば味見してなかった。ちょっとちょうだい?」





味見してないなんて全くの嘘。清人くんの話ばかりする純理を見るのがなんだか気に入らなくて、純理がパンを口にくわえている所の端っこを齧ったんだ。







もう、キス寸前の行為だった。









純理は顔を真っ赤にしてたっけ。可愛かったな。


なんでそんな行為をしたのか
なんで気に入らなかったのか


こんな事しておいて、この時の俺はまだ自分の気持ちを心から認められずにいた。


純理が好き?



嫌だ。認めたくない。




でも、清人くんの話ばかりする純理の事は見ていられなかったよ。






あぁ、ダメだ。




こんなんだからエルザは俺から離れて行ったのかな。



じゃあ何?俺はエルザの事をさほど愛してなかったって事?




そんな訳ない。




俺はエルザの事、本気で愛してたし、





それは今も変わらない。





俺はこの日家に帰った後、しばらくの間ずっとエルザと撮った写真や動画を見て思い出に浸った。



あぁ、エルザ。



俺の愛しいエルザ。




そうだよ。



目を覚ませ。




俺は、純理なんか好きじゃない。




エルザに会えない寂しさから彼女に縋っているだけで、こんなの恋愛感情でもなんでもないよね。





だからその後日、純理と柚と光陽の3人と一緒にカラオケに行った日に、純理のいない所でされた

「みーやんは純理のこと好きなの!?」

という質問に、

「ううん。純理ちゃんに対して、恋愛感情は一切ないよ」

と、2人に真実を伝えた。






そのカラオケ後に事件は起きた。


なんと、大雪の影響で俺と純理の乗りたかった路線が運行停止してしまい、帰れなくなった。

タクシーの行列も凄まじく長く、駅にいる人達は大騒ぎ。

その駅に残された俺と純理は、帰る手だてを考えるも、電車はいつ動き出すかも分からない。タクシーも長蛇の列で、恐らくみんな考えることは同じなので、漫喫等に流れていっている。
迎えを頼むのにも、道路も結構積もっており危ない。


悩んだ挙句、俺はとある事を思い出した。


そう、俺達の今居るこの駅には、リシャールホテルがあった。


俺の祖父が会長を務めるリシャールリゾートグループ。そのリシャール社が経営するホテルの1つがこの駅にあって、しかもこの駅の地下の階から直通で、外に出ることもなくホテルへ入れる。

それに、リシャールの人間の特権として、俺には無料で宿泊させてもらえるリシャール系列のゴールドカードを持たされていた。なのでお金もかけずに泊まることも可能。
隣にいる純理も寒そうにしていたし、暖を取る事を優先すべきと思った俺は、彼女にリシャールホテルに泊まろうと伝えた。
彼女には始め、頑なに嫌だと拒否されたが、それは俺に疚しい気持ちがあるんじゃないかという警戒からくるものだった。
誤解を解いた俺は、彼女と2人でリシャールホテルのスイートルームへ。


純理に手を出すつもりは一切ない。


その意思は固いものではあったけど、この夜は何度も純理にドキドキさせられた。


だから夜景を2人で見ている時、








つい……キスをしそうになった。









でも、さすがに自分の理性を保ちセーブをかけ、シャンプーの匂いだなんだって、適当に言って項の匂いを嗅いでごまかして終わらせた。

その後純理には、こういう事やめたら?と怒られてしまった。そりゃそうだ。こんな紛らわしい事するなって話だ。

でもさ純理、

今思えば君はあの時、なんで目を閉じたの?


………もしかして、キスを覚悟したの?




俺がそのまま唇を重ねていたら、君はそれを受け入れてくれたの?



もしそうなんだとしたら、そう考えるだけでも心臓がバクバクする。




その後俺らは別々の部屋へ行き、各々で睡眠の時間を取った。部屋に入ってからすぐに俺は寝れる訳もなく、入って早々ため息をついた。

自分の行動に幻滅して、頭を抱えた。

どうしたって純理に触れたくなる自分の本能がウザったくて、辛くてたまらなかった。


さっき窓際で純理には、

「…最初に会った時からずっと、綺麗で可愛い子だなって思ってた。それは本当だよ」

なんて事も伝えてしまっていた俺。こんなのある種告白みたいなもんじゃん。


なんなんだよもう。


こんな事になるなら、彼女だけをこの部屋に泊めてあげれば良かった。


部屋も広いし、極力接触は控えられるだろうと思ったのに、全然じゃん。


距離を置くのには十分な広さだというのに、俺がつい彼女の傍に寄り添ってしまう。




雅、いいか?この感情は紛い物だ。




俺が本当に愛している人はエルザ。





純理の事なんか愛してない。





こんな気持ちになるくらいなら、親の反対を押し切ってでも、パリに残って向こうで生活を送るようにすれば良かった。













純理になんて、出会わなければ良かったのに。












そんな事を考えてしまうほどに心が苦しくてならなかった。



なんとか眠りにつくも、その後俺は夢を見た。



それはエルザの夢。




エルザと共に手を繋ぎながらパリの街を巡る夢で、お互いに幸せそうな笑顔を浮かべていた。

夢なのに、何故か手を握っている感触があった気がした。

俺がフランスに残っていたら、こんな未来が待っていたのだろうか。








エルザ、愛してる。











愛してるよ。












その言葉は寝言として現れていたようで……



「雅…。雅…。大丈夫?」





エルザではない別の人の声が聞こえてきた。






目を開けると、その声の主は純理。





驚いた。純理が俺の手を握っていたのだ。


純理は俺が目を覚ますとその瞬間すぐにサッと手を離した。
純理はどうやら広い部屋だと落ち着かずなかなか寝付けなくて今に至るとか。それで、俺が眠れているのか様子を見に来たと言う。

俺が今寝ているこの部屋の方が少しだけ狭い為、純理の使っていたベッドルームと場所を交換するかと提案したが、どうも純理は俺の隣のベッドを使いたそうだった。1人だと落ち着かないとか。

それならと、俺はそれを口実に純理を一緒のベッドで寝るよう促し、彼女の腕をグイっと引き、

人肌が恋しいから一緒に居て欲しいと伝えた。


来てくれた純理を返すなんて、俺には出来なかったから。


しかも純理も何か吹っ切れたのか、俺に甘えて抱き着いてきてくれた。



そんな純理が可愛過ぎて、口から心臓が出るんじゃないかと思うくらいにドキドキした。



それから、さっき純理に聞かれてしまった寝言の話へ。


純理の言っていたことを汲み取るに、俺はどうやら


「Je t'aime Elsa」


と口にしていたらしい。


純理が聞いたフランス語はこれ?と、確認をすべく、俺は1度その「ジュテーム」という言葉の後に、イタズラでわざとエルザから純理の名前に変えた状態のものを口にした。

単純に、ジュテームの単語に気を取らせたかっただけ。エルザって何?ってエルザの事を彼女に追求されたくなかったのだ。


ジュテームの単語を聞き、純理は恐らくそれだと言うが、最後に私の名前を付けたでしょ?と俺に問う。

ジュテームって何?って、純理に日本語訳を問われたので、“Je t'aime Junri”の方の訳を伝えた。





「…愛してる。純理」







そしたら純理は顔を赤くして驚いていた。





俺、何してんだろう。





気を取らせたかっただけというけど、この話の流れに託けて、自分の純理への気持ちを確かめるために発してみたかったのもあったんでしょ?


そんな事するな。



冗談だよで終わらせられたけど、



こんなの続けていたら、きっといつかもう冗談じゃ済まされなくなる日が来る。



その後、純理に俺が「本気にしちゃった?」と尋ねたものだから、彼女は俺を背にしてそんな訳あるかと反論し、そのまま眠りについた。



それから暫くして、彼女の寝息が聞こえてきた。


俺はというと、純理が隣にいると思うとなかなか寝付けなかった。



寝返りを打ち、あどけない寝顔を俺に見せる純理。バスローブははだけて、色気ある彼女を見て更にドキドキした俺は、より一層深くまで布団をかけてそれを見えなくさせた。


それに、いい匂いもする。


まつ毛も長くて可愛い。




あぁ、ごめん。




今日はもう限界だ。






眠っていたからこれは純理も知らないことだと思う。




「今だけ……今だけ彼女に恋をさせてください」











俺は小さくそう呟いて、


















彼女の鼻にキスをしたんだ。















純理を起こさないようにそっと。





もうこれで、純理への中途半端な気持ちとは決別しよう。




これが、最初で最後の純理へのキス。









エルザと最後に会ったあの日、彼女が俺に放った「大嫌い!」は本心ではなく強がりな気もしていたし、きっと今もどこかで俺の事をずっと想って待っていてくれているかもしれないと、そんな僅かな望みに賭けてエルザの事を想い続けてきた俺。



でも、日本に俺が帰って来てもうすぐで2年が経つ。



未だにエルザとは再会出来ていなければ、連絡も付かないまま。



そんな状況にも関わらず、この恋をずっと追い続けている俺は本当に馬鹿げてる。そんなの本当はとっくに自分でも分かっていた。



正直、実の所清人くんからは何ヶ月も前から「もうやめたら?」と言われ続けていたのだ。清人くんが俺を傷付けたくてそんな事を言っている訳ではないってこともちゃんと分かっていた。



エルザはもう、俺の事なんか愛していないのだろう。



彼女の中ではもう、俺との恋はとっくに終わっているのかもしれない。




エルザにはもう、新しい恋人がいるかもしれない。




それを考えたら別に、どこに居て誰を想っているかも分からないエルザへの恋を諦めて、こんなに近くにいて、こうして今俺の隣で眠る純理に恋をするという道を選んだって良かった。



でも……


それでも俺は、残りの僅かな可能性に掛けて、エルザを愛し続けたかった。



これが俺の正しい選択だと信じたい。









純理はただの友達だ。







そう思った矢先、3年生に進級する際のクラス替えで純理や康作達とクラスが同じになった。


しかも純理とは出席番号順の席配置の関係で最初は前後の席。


純理は俺が揶揄うと相も変わらず可愛らしいリアクションを取ってくる。

そして数日後には純理と日直の当番に。



その日の放課後、部活に行く前の純理と一緒に日誌を仕上げる俺達。戸締りまでが日直の仕事なので純理と教室の中で2人きりになった。

その時に、毎日こうして一緒に日直が出来たら良いのにって、純理に本音冗談を言った俺。純理は、「書き終えたからもう行くよ」と言って、日誌を勢いよく閉じて窓の戸締りを確認しに窓際へ移動した。

俺も反対側の窓の方へと席を立つ。



実はその時の出来事には続きがあって……








「ねぇ雅、助けてくんない?なんか窓の滑りが悪くて閉まらない」


この日は天気も良くて一日中網戸にしていた。晴れていたし陽も当たって暖かく気持ちがいい陽気。

「あらら。やるよ」

純理の方の窓へと行き、代わりに窓を閉めてあげた。

「ありがとう」

それからカーテンを摘みスーッと閉める俺。


「え?」


そのまま純理の事をカーテンでぐるぐると包み、後ろからハグをした。

「ちょっと……雅!?」

「部活行っちゃダメー♡」

「ば、バカ!!放してってば!!」

嫌がる純理が可愛くて、ついまたイタズラに走る俺。今度は彼女と一緒にカーテンの中に入り、

「もう少し一緒に居て?」

と伝えた。そしたら純理、俺の言葉に固まってしまったのだ。

そんな彼女に微笑み、

「ごめんごめん、ビックリさせたよね。冗談だよ」

と伝えて頭を撫でた。純理は何故か顔を赤くしていて、俺から目を逸らした。

そしたら、何を言うかと思えば彼女は



「日誌、書き忘れあるかも」


と言って席に戻ろうとする。


「え?」


書き忘れなんてなかったはずと思ったけど、その意図は次の言葉ですぐに分かった。


「あと5分だけね」


その言葉にキュンとした俺。素直じゃない純理が可愛くて愛くるしい。


そこから俺たちは席に戻り、5分程なんてことのないただの日常的な会話に花を咲かせたのだ。











………って、




純理はただの友達だ。決めたじゃないか。エルザを選ぶって。






何やってんだよ。




純理はただの友達。恋愛感情なんか無い。



そう言い聞かせて純理と接する機会を徐々に減らしていこうと意識した時、




今度は純理からデートに誘われたのだ。








続く

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