ある日の昼休み。瑞乃と凛子、柚と一緒にお弁当を食べている私。
「ねぇ、みんなって雅くんのあの噂って信じる?」
瑞乃が今振ってきたあの噂とは、逢坂がゲイかどうかってことだろう。
「え?ゲイかどうかって話し?私はどっちでもいいかなぁ。興味無いし…。」
と凛子。
「みーやんがゲイかどうか?うーん、柚は気にしないかな!例えどちらであってもみーやんはみーやんだし!」
「そっかぁ。純理は?」
「え?私?んー。私もどっちでも良いって感じ。ゲイならゲイで、だから女の子と付き合おうとしないのかって納得はできる。」
「うーん。そうか。」
瑞乃は不服そうな顔をしている。
「瑞乃、どうした?」
「いや…。周りの人達酷いなって。雅くんは絶対にゲイなんかじゃないっていうのに、勝手にそんな噂なんて流しちゃってさ。」
「瑞乃、絶対にゲイじゃないっていうのは、どこからそんな自信が来るの?」
と凛子。
「それは、本人から話を聞いてるからだよ。」
「え?」
ん?なんの…?
「とにかく、雅くんの恋愛対象は女の子なの!だから私、この噂を阻止してあげたいの。なんか出来ることないかな?」
と瑞乃は全力で私たちにそう投げかけてきた。
「えー!どうやってって…。」
と、私が眉間にシワを寄せると、凛子がこんなことを言う。
「逢坂にエロ本持たせて校内ウロウロさせたら?」
「そ…それはちょっと…そんな雅くんの事は想像できない…。」
「こういうの、男子に任せた方が良いんじゃない!?康作とかに相談してみようよ!」
と柚。すると柚が康作を引っ張ってこっちに戻って来た。
事情を説明すると康作がこんなことを言う。
「じゃああれだね!雅に俺が下ネタ振れば良いんだよ!」
「えぇ!?」
「うわぁ。逢坂が話してるイメージ無いわ…。」
「いきなり下ネタなんてどうやって?」
「それに、それでどうやって雅くんがゲイじゃないって事実を広められるの?」
「まぁまぁ、そこは任せてよ。」
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次の日の昼休み、A組に遊びに行ってみた俺。目的は雅に会う為だ。
雅はというと、A組の男子友達と一緒にいて、何かを話しているようだった。その中には清人くんを通じて仲良くなった、ノブもいる。
「あぁ、康作くん。」
と雅。早速みんながなんの話ししてるのかも聞いてみた。その集まりの中には2人以外にも、俺の知り合いが何人もいたから助かった。
「こいつ、彼女出来たのに、まだ彼女と何もしてないんだとよ!」
と南田が言う。これは絶好なタイミングだ。雅に何かしら下ネタを振れるチャンスかもしれない。
「そうなん?何もってチューも?」
「そうなんだよ…。」
雅は笑顔でその話を聞いていた。よし、不意打ちを狙おう。俺はこんな事を言った。
「そうなんだ!やっぱり日本人ってしゃいだなぁ。俺の別の友達でもそういう子居たんだよ!チューするまで1ヶ月はかかったって言うんだ。」
「へぇ!」
俺の友達のノンフィクションの話にみんな目を丸くする。今だ!雅に話を振るぞ。
「それで言うとさ、雅ってフランス住んでたって聞いてたけど、フランス人ってその辺の価値観どんな感じなん?」
「え?」
「ほら、海外ってフレンドリーって聞くからさ、チューするのも挨拶くらいにスっと出来るのかなって。」
俺はここでそう雅に振り、キスの価値観を聞いてみる手段に出た。この流れでどうにか女の子の話に繋げて、下ネタに持っていくつもりだ。
「そういう事か。」
「うん。」
雅はニコニコしながら続けた。
「パリに住んでた時はキスやハグは日常茶飯事だったよ。ビズって言って、頬を合わせて口でチュッて音を立てる挨拶の仕方もあるけど、それ以外でもスキンシップでキスするシチュエーションはたくさんあったよ。フランス人にとってキスってそんな感覚だよ。ただ、口にキスは恋人同士だけだよ。」
するとノブがこう付け足す。
「雅には俺もされた事あるよ。この子が夏休みの時とかに帰ってきて、久しぶりに会った時にいきなりキスされたの。」
「あぁ、あったね。完全に向こうのテンションに染まっちゃってた時ね。まぁ、俺も半分はフランス人だし。」
と雅が恥ずかしそうに笑顔でそう返す。
「え!?加藤にもしたって言うけど、女子にもキスするの?」
と南田。
「日本に帰ってきてからは、女の子にはキスはしないようにしてるよ。ハグは時々あるけど…。」
「えっ。」
「たまに体が勝手に動いて危うくキスしそうになることもあるなぁ。でも、日本の女の子は勘違いしちゃうんだからやめろって、前にノブに怒られたよ。」
そしたら別の男子がこんなことを振ってきた。
「仮に、康作にキスしろって言われたら出来るの?」
「うん。出来るよ。」
次の瞬間、雅が椅子から立ち上がって俺の頬に優しく触れるくらいのキスをした。
しまった、周りの人に見られた…!!
瑞乃、ごめんなさい。
俺の作戦は大失敗です。
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「康作のバカ!なんてことしてるの!」
その日の放課後、掃除をしている時に康作に謝られた。何かと思えば最悪だ。康作の話の振りが変な風に展開して、康作が雅くんにキスされる羽目になったと聞かされた。
隣には純理も箒を持って立っている。
「本当にすいません!完全にやられた…!」
「うわ…これじゃあ雅くんのゲイ説が広がっちゃう…。」
すると純理が口を開く。
「ねぇ、これさぁ、逢坂本人に伝えれば?あの人鈍感そうだから、自分がゲイだって噂されてるの知らないかもよ?それで、本人が別にそれを気にしないのなら、わざわざ無理に作戦決行しなくても良いんじゃないかな?」
「えぇ…?そういう感じ?さすがの雅くんでも、事実じゃない事を広げられるのは嫌なんじゃないかなぁ?」
という事で、今日の部活終わりに雅くんのバイト先のパン屋に行ってみた。週に3回以上この駅前店にバイトに入ってると聞いたことがあったから、高確率でいるはずだ。
覗いてみると、案の定雅くんはバイト中。今日は高校生3人組がシフトのようだ。この時間帯はやっぱり高校生や大学生の人達でシフトを回してるのかも。
私はお店に入り、雅くんに声をかける。今なら空いてるからチャンスだ。
「雅くん!」
「やぁ、瑞乃ちゃん。こんばんは。部活帰りかい?」
今日の雅くんもカッコイイ。この王子様スマイルが素敵すぎる。
「うん!今帰りなんだ。」
「お疲れ様。あ、そしたら君にあれ渡してあげるよ。ちょっと待ってね。」
1度バックルームに入り、何かの袋詰めを持ってきた。
「え!雅くん、これは?」
「これ、パンの耳で作ったラスク。持って行って。」
「え!良いの!?」
「うん。」
「ありがとう…!これ、もしかして雅くんが作ったの?」
「そうだよ。」
「え!絶対食べる!ありがとうね!」
「ううん。こちらこそいつもご利用ありがとう。」
雅くんは優しいなぁ。それから雅くんは陳列の作業に行ってしまったから、噂の事についての話は出来なかった。
せっかくなので、この間食べて美味しかった、雅くんおすすめのホイップコロネをトレーに乗せた。後もう1つ何か欲しいなぁ。
そして迷いの末、チョコチップメロンパンに目が行った。それを取ってレジに行くと、
「俺やるね。」
と、レジにいた子に声をかけ、作業を中断させた雅くんが私の為にレジをやりに来てくれたのだ。
「あ!コロネ気に入ったの?」
「うん。美味しかったから!」
「それは良かった。リピーター増えるのは嬉しいな。ちなみにそのチョコチップメロンパン、俺の手作り。」
「え?1から?」
「うん。1時間くらいまで母さんがシフトでこの店にいたから、その間にやらせてもらってね。」
「えぇ!大事に食べる!」
「そう言って貰えると嬉しいよ。」
パンの話しで噂の事を振るタイミングを逃してしまった私。
でも、雅くんは優しいから、またこの間みたいに私をお店の外まで出て見送ってくれた。
話すなら今だ…。
「ねぇ雅くん。」
「ん?」
雅くんは私の呼び掛けに首を傾げる。
「雅くん、自分の噂流れてるの知ってる?」
「噂…?」
純理の言う通りだ。この様子だと絶対に知らなさそうだ。
「雅くん今、学校でゲイって噂が広がってるんだよ?知らない?」
と言うと、雅くんはフッと吹き出して笑い出す。
「何それ!俺がゲイ?ノブとか清人くんと仲良いからかな?」
「雅くんが、告白してくる女子全員を振ってるからって、誰かが勝手にそう騒ぎ出してるんだと思う。」
「え、そうなの?」
雅くんは目を丸くしていた。
「うん。でも、私は雅くんが前に話してくれた“あの話”を知ってるから、こんな噂流れるのが悔しくて。」
すると、雅くんは私に近付き、頭をポンと叩き、優しく撫で下ろしてくれた。
「君は優しいね。ありがとう。」
雅くんはこんな時にも笑顔だった。
「雅くん、この話…次から告白してくる子に伝えればいいんじゃない…?そしたらみんな、ゲイだって思わなくなるよ?」
雅くんは首を横に振る。
「自分の口からは言いたくないなぁ。それに、その話がもし仮に広がったりでもしたら、俺…恥ずかしくて死んじゃうよ。」
それから雅くんは少し屈んで私の目線に合わせてこう伝えた。
「君みたいにこんな風に言ってくれる子がいるだけで、俺は充分だよ。ありがとう。」
私は今の雅くんの言葉に、嬉しさも、悔しさも両方感じた。
「じゃあまた明日学校でね。」
「うん。雅くん、バイト頑張ってね。」
「ありがとう。」
このもどかしい気持ちが残ったまま、雅くんとはお店で別れた。
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瑞乃が逢坂本人にゲイの噂の話をした所、別に気にしないくらいのことを言われたそうだ。
私自身はというと、逢坂がゲイだろうとそうじゃなかろうと、正直どっちでも良かった。興味無いし、最近は同性愛者だって増えてきてるし、オネエだとか、そういうタレントも増えてきたし、LGBTの本だって出てるくらいの世の中なんだから、気に留める必要もないと思ったからだ。
清人先輩がゲイだって話題だったら、これは話が変わってくる。
だって、そうなったら、両想いになるなんて不可能だからだ。
自分にとっての好きな人ではない、逢坂だからこそどっちでもいいのだ。
どっちでも良いけれど、多分逢坂はゲイじゃない。それには思い当たる節があって…。
プールに私が落とされて、助けに来てくれた時、私はずぶ濡れでワイシャツが透けて、逢坂にブラの色をガッツリ見られた。その時の逢坂の反応が、完全に男の子だったからだ。
慌てて逢坂は目を逸らして自分のカーディガンをかけて見えなくしてくれた。
多分、なんとも思ってなかったら、あんな風に恥ずかしそうに目を逸らすなんてしない…。
とか、自分でこんなこと思い出して、ちょっと恥ずかしくなった。
こんなの恥ずかしいエピソード過ぎて、他の人に話すことも出来ない。
それに、本人が気にしないと言っているのなら尚更、わざわざ逢坂本人にこの話を掘り返しに行く必要も無い。
そもそも逢坂に干渉するだけ時間の無駄だ。
そんなある日事件が起きた。
「やぁ、純理ちゃん!」
げ。また逢坂。逢坂はノブと一緒に廊下を歩いていた。
「純理ちゃん、また今度どっか一緒に遊びに行こうよ!」
こいつ…!またこんな廊下のど真ん中でそんな事言いやがって。
「嫌ですー!」
ノブは呑気な事に、
「2人とも揃うとこんな感じなんだね。面白いなぁ。」
と笑ってきた。酷い…!
「私は好きでコイツと絡んでないの!ノブ、そんなこと言ってないでコイツ連れてどっか行ってよ。」
「えー…言われなくてもこの後選択授業だから移動するさぁ…」
するとその時、後ろから体育に遅れると慌てて廊下を走ってくる人がいた。私はそれに気付かなかったんだけど、逢坂が先に気付き、
「純理ちゃん、危ない。」
咄嗟に私の体にグルっと腕を回して、走ってくる男子に当たらないように守ってくれた。
ありがとうと伝えようとしたその時、私は何か違和感に気付く。目線を下に下げると…
「きゃーーー!!!!!」
逢坂は私の胸を鷲掴みしていたのだ。
「わぁ…!!!」
「この変態!!!!」
私は逢坂を蹴り飛ばしてその場から走り去った。
選択授業の教室に着き、先に着いてた柚の隣に座る。
「純理ー、さっき廊下で叫んでたのそうでしょう?なんかあったのー?」
動揺の取れない私は、アワアワしながら小さい声で柚に伝えた。
「…事故なのよ。じ、事故なんだけど…!逢坂に胸触られた…!」
「えぇ…!!」
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「雅、大丈夫?」
純理に蹴り飛ばされた雅に手を差し伸べて、立ち上がらせてあげた。
「ノブ…ありがとう…。」
雅の顔はいつになく真っ赤な顔になっていた。
雅は右手で自分の口を覆い、ギュッと目を閉じこう言った。
「ノブ、どうしよう。俺ますます純理ちゃんに嫌われる事しちゃったよ…。」
雅がこんな風になるなんて珍しい。まぁ、女の子の胸を触っちゃうなんてシチュエーション、なかなか起きないからなぁ。本人もびっくりしてるんだろうな。
それにしても、こんなに顔が真っ赤になるなんて。雅も男の子って事だね。
「大丈夫だよ。純理も突然の事で驚いただけだよ。ちゃんと分かってくれるって。走ってきた奴が悪いんだから。」
「うーん…。」
そこで、いつか純理と放送室でした会話を思い出す俺。
ー私が逢坂嫌いなの。
ー嫌い!?
ーだって彼、何考えてるか分からないし、AIみたいなんだもん。
純理に今ここにいる雅を見せてあげたい。俺からしてみたら彼は全然、AIなんかと程遠いよ。
完璧なんかじゃない。こういう一面もちゃんと持ち合わせている、1人の男子高校生だよ。
『…柔らかかったなぁ……。…じゃなくて…!!あぁ…本当にどうしよう。』
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それから帰りのホームルームの先生が来る前に、凛子や瑞乃にもさっきの話をした。
「純理ね、ずっとこの事でモヤモヤしてて、さっきの授業も全然聞いてなさそうだったんだよ。」
と柚。すると凛子にこんな事を言われた。
「逢坂は純理を助けたんでしょう?蹴り飛ばすのは酷くない?」
「えぇ!?私が悪いの!?私、被害者だよ?」
瑞乃はこう問いかけてきた。
「でも、わざとじゃないんでしょう?」
「…うん。まぁそうだろうけど…。」
「確かに突然触られたらビックリはするけど、それなら純理はもう気にする必要無いんじゃないかな?」
「柚もそう思う!みーやんもきっとケロッとしてるはずだよ!」
「えー!柚、ケロッとまではしないと思うよー!雅くんの事だから気にしてそう。ましてや、ただでさえ嫌いと言われてた純理の胸を触っちゃった訳だから。」
柚と瑞乃の2人は逢坂の今の気持ちについて意見を言い合っていたが、凛子がそんな中こう言ってきた。
「変な話さぁ、仮に相手が康作だったら純理、こんなに怒ってないんじゃない?」
「…え?」
「広夢だったとしてもそう。逢坂だからこんなに怒ってるんでしょ?純理さぁ、やっぱりどこかで逢坂を意識してるんじゃない?」
は?私が逢坂を…!?
私はそれにムッとしてつい…
「凛子?あのさ。本当にやめて。私は逢坂なんて好きじゃない!!私には別にちゃんと好きな人がいるから…!」
ついにみんなにカミングアウトしてしまった。仕方ない。逢坂の事が好きだなんて勘違いされたらたまったもんじゃない。
「純理!何それ!いつから!?私初めて聞くんですけど!」
と瑞乃。その時にタイミング良く先生が入ってきたから、好きな人がいるって話題を強制終了させることが出来た。
勢い余って伝えてしまったけど…
あの3人なら噂とかしないよね?
裏切ったりとかないよね…?
ちょっと怖くなった。
席に着くと、LINEが来ている事に気付いた。
画面には、逢坂 雅 と表示されていた。
中を開くと、こんなメッセージが。
〈さっきはごめんね。〉
たったこれだけだったけど、このLINEから逢坂が落ち込んでいることは何となく伝わった。
私、逢坂の事責めすぎたのかな?
ホームルームが終わり、部活に行こうとすると、柚に引き止められた。
「純理、ちょっとだけ良いー??」
「え!?」
そのまま私は柚に屋上に連れて行かれた。柚は何を話すのかと思ったら、笑顔で私にこう聞いてきた。
「純理、好きな人って多分、徳原先輩でしょう?」
「え…!!」
嘘、なんで…?私って自分が思っていたよりも分かりやすいの…?自分の単純さに頭を抱える私。
「…そうです。」
「あー!柚ねー、そうだと思ったんだー!だって純理、球技大会の時、徳原先輩の応援ばっかりしてたもん!」
と言って柚は笑い出す。
「えぇ…恥ずかしい。やめてよ…。」
柚と私は屋上の手すりを持って、快晴の空を仰ぎながら話をした。
「いつから好きだったの?」
「…もうかれこれ…1年以上。」
「えーー!純理ひどーい!柚とは1年の時もクラス一緒だったのに、教えてくれなかったの??」
柚は膨れっ面になる。
「ごめん…。」
それから、実は恋愛に臆病で、人に話す事が出来ない理由を柚にも話した。
「柚達、そんな事しないよ?大丈夫。だって私達友達じゃん!私達のこと信じてよ!純理にそんな事する人達が現れるなら、柚達がボコボコにしてあげるよ!」
「え…。」
ニッと笑って柚は、私を抱きしめてくる。
「純理!本当に大丈夫だから!ね?柚も、好きな人が出来た時は必ず言うね!」
「本当に…?」
「うん!」
私は柚の言葉で大きなため息をついて、手すりを持ったまましゃがみ込んだ。
「あぁ…。ほんとにもう…。」
私は泣きそうになる。
柚もしゃがみ込み、私の背中を摩ってくれた。
「ヨシヨシ。1人で抱え込んで今まで辛かったよね。」
私は柚の顔を見て、
「柚、ありがとう。」
と伝えた。
「うん!」
それから話は逢坂の事に。柚は私が落ち着いた後に、とあるURLをLINEで送ってくれた。
「ここ、みーやんがバイトしてるパン屋さん!駅前店によくシフトでいるから、部活の帰りにそこに寄ってみたら?まぁ、明日学校で話すでも良いんだけどね!」
柚がそう言ってくれたので、逢坂から来たLINEの事も話してみた。
「さっき、逢坂からごめんってLINEが来てたんだ。やっぱり私も逢坂に、蹴ったこと謝った方が良いよね…?」
「そうだね。みーやんは純理を守ろうとしてくれたんだから、柚が純理なら、ありがとうって伝えるかな!」
あぁ、そうだ。私、肝心なありがとうを言ってないんだ。
純粋な柚に気持ちを洗われた私は、部活の帰りに逢坂の働くお店に寄ってみた。
でも、覗いて見たものの残念ながら逢坂は今日はシフトではなかったようだ。
帰りの電車の中で、逢坂とのLINEのトークルームの画面を開いた。
本当は直接伝えるべきなんだけど、まずはLINEを返そう。
〈私も、蹴ったりして申し訳ない。助けてくれてありがとう。〉
逢坂にはそう送って、画面を閉じた。
明日、ちゃんと逢坂に会って謝ろう。
それから次の日の休み時間。
逢坂のクラスに行こうと席を立った時、
「純理ちゃん。」
逢坂が教室の扉の所に立っていた。
そばに居た柚に背中を押され、逢坂と2人で屋上に続く階段の所に座って話した。
それから、緊迫する空気の中、私から口を割った。
「昨日はごめん。助けてくれたのに蹴ったりして。」
「ううん。俺もごめんね。」
逢坂は悲しげな顔を浮かべていた。
いっつも笑顔でいるから、笑った表情しか知らなかったけど、
彼、こんな顔するんだ…。
「もう、大丈夫だから。私もあの時の事は忘れることにするよ。」
「…うん。」
あと、この機会だ。彼にちゃんとゲイかどうかの話を私からも振ってみようと思った。
「あのさ逢坂…。逢坂は知ってるんでしょう?自分がゲイだと噂されてる事。」
「…うん。知ってるよ?」
「あんた、ゲイじゃないでしょう?」
すると逢坂はこんな言い回しをしてくる。
「……ゲイだったらどうする?」
なんで質問に質問返し…?と思ったけど、私は正直に伝えた。
「逢坂がゲイかゲイじゃないかなんて、どうでもいい。でも、ゲイじゃないんだとしたら、このまま嘘の噂広まって勘違いされるよ?って思っただけ。あんたからもゲイじゃないって伝えたらどうなの?って。それを言いたくて聞いたの。」
逢坂は仄かに微笑んで、
「なんだかんだ君は優しいよね。ありがとう。」
と言ってくれた。
それからこんな事まで話してきた。
「君だから言うけど、俺の恋愛対象はバリバリ女の子です。…だから……今回の事だってかなり動揺した。」
それを聞いて、自分の顔が赤くなったのが分かった。
「俺がゲイだったら…触ったって何とも思わないよ。」
逢坂も顔を赤くしていた。
こんな逢坂の一面見るのも初めてだ。
「でも、今回の事はアクシデントだったとはいえ、君に嫌な思いさせたのには違いないから、本当にごめんなさい。」
そう言って逢坂は頭を下げてきた。
「…もう、良いって。」
やっぱりそうだ。
彼はゲイなんかじゃない。
その事実を知った上で改めて彼に胸を触られた事を考えると、かなり恥ずかしい気持ちになった。
逢坂も逢坂で、まだ顔が赤いまま。
「ほんとにこの話はもう終わりね。」
「うん。」
少しだけ黙り込む私たち。
あ…そういえばこの間、屋上で一緒にいる時に聞かれた彼からの質問の返事をしていなかった。
ー前より……少しは俺の事好きになってくれた…?
あの時出来なかった返事を、今ここでしようと思えた。
「…ねぇ、逢坂。あの時の返事なんだけど…。」
「あの時…?」
「うん。屋上での。少しは好きになったかどうかの話…。」
「あぁ…。聞かせてくれるの?」
逢坂は、今でもキラキラオーラがウザイし、王子キャラ炸裂でイライラするし、なんでも出来て鼻に付くし、胡散臭いし、鈍感過ぎるし、平気でみんなの前でデートとか言っちゃって全然空気も読めないし、そんな奴だけど…
私の事をプールまで助けに来てくれたり、私がどんなに酷い仕打ちをしたって、絶対に陰口とかも言わずにいたし、清人先輩の誕生日プレゼント買うのに協力してくれたり、私の持ってる清人先輩への恋心を大事に扱ってくれたりしたし…。
球技大会の時だって、自分が囮になって清人先輩の周りの人達を取り巻いてくれた。
きっと、悪い人では無いんだと思う。
だから、私はこう伝えた。
「……本当に…前よりは…って感じ。」
「前よりは……何?」
もう…。ここから先は悟ってよ。
私はその続きは言わずに立ち上がった。
「前よりはって言ったら、一つしかないでしょ答えは。察してよ。じゃあね。」
私は逢坂を置いて、教室に帰ってきてしまった。
なんだろう。
前よりは好きって。
“好き”って言葉を素直に伝えられなかった自分がそこにはいた。
なんで私、逢坂の事徐々に嫌いじゃなくなってることを認められないんだろう。
続く
アンケート
階段に1人残された雅は…
鈍感過ぎて、「前よりは…何!?」と戸惑っていた
8%
実は赤面していた
65%
素直じゃない純理の事が可愛いと思った
27%
投票数: 91票
アンケート
🆕アンケート もし康作が雅に下ネタを振ってたら?
雅、下ネタそもそも苦手だったりして!
28%
聞くくらいはしてたんじゃ?
21%
雅も男の子ですから……それなりに乗ってたんじゃ?
51%
投票数: 57票
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。