第25話

Case20:どうか、どうか
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2020/10/13 04:33
〇氏名   :   時覚あなたときさとあなた
〇個性   :   完全記憶
→今まで見聞きしたもの、そのときの感覚、匂いなどの全てを記憶し、絶対に忘れない。
〇年齢   :   15歳
〇備考   :   普通の公立高校へ進学予定
    爆豪と緑谷の幼馴染み
⏰ ⏰ ⏰

『思い出す』
「あなた聞いた?勝己くんと出久くん、雄英受けるんだって!」


そう嬉嬉として話すのは、私の母だ。


爆豪勝己と、緑谷出久。


幼い頃からずっと共に育ってきた、幼馴染みである。
あなた
へえ〜
強気な爆豪と、弱気な緑谷がどこの高校へ行こうがあまり興味は無かった。
「あんた、小さい時はあんなに勝己くんのことが好きだったのにねえ…」
あなた
昔はね、
あなた
(個性が発現するまではかっこよかったのになあ…)
昔のことなんて、昨日の事のように思い出せる。


爆豪に個性が発現した日、彼から甘い香りがしていたこと。


その日からどんどん彼が遠くへ行ってしまいそうだったこと。


個性が発現するまでは、出久へのいじめはさほど酷くなくて、純粋な強さ、憧れを持ってキラキラ輝いていた。
「あなた」
頭の中で、彼の私を呼ぶ声がこだまする。
なぜ今になって急に昔のことを…


あの日のことを思い出すのだろう。
⏰ ⏰ ⏰

『かの日の記憶』
私の父は、私が3歳の時に母と離婚した。


4歳になったとき、母に唐突に言われた言葉が衝撃的で今も忘れられない。


まあ、個性の関係上忘れることは無いのだけど。


「あなた、今日家に帰ってこなくていいから。」


いつものように公園へ行こうとした出掛けに、ニコニコと微笑みながら言われた。


私の背筋は凍りついて、ぎこちない動きで後ろを振り返り、母が正気なのかを確かめる。


でも、その表情は有無を言わさぬもので、ただ笑って「行ってきます」と言うので精一杯。
その後はただがむしゃらに走って、靴の中に石が入ったのも気にならないくらい走り続けた。


息が上がっても、転びそうになっても、何があっても。
さっきの母の言葉は聞き間違いだろうと自分の頭に言い聞かせても、『完全記憶』した脳は間違いないと思い込みを拒む。
その日は1日公園のブランコに座ってぎいぎいとこいでいた。


5時を知らせる『ゆうやけこやけ』の音楽が鳴って、皆が続々と帰って行くのを見ながら私はどうしようもない不安に掻き立てられる。
《あなた、さっさと帰るぞ!》
彼はいつも全員が帰るのを見届けてから帰っていたが、いつまで経っても帰ろうとしない私ににしびれを切らして、私の座るブランコの前に仁王立ちしていた。
「…かっちゃ…ん…」
《なんだその変な顔、どうしたんだよ!今日は何誘っても仲間に入んねーし。》
今にも泣き出しそうな顔で、必死に涙をこらえる私はとんでもなくブサイクだったのだろう。


思わず彼が「なんだその変な顔」と言ってしまうのにも納得が行く。
「今日わたしね、ママに…帰って来なくていい…って言われたから、帰れないの…」
消え入りそうな程小さい声でそう告げると、隣のブランコにドカッと座り込んで、「お前が帰らねえなら俺も帰らねえ」と言った。
嬉しい気持ちやら、不安な気持ちやらがどっと湧き出て、私は爆豪の隣で大泣きを始める。
なんと慰められても泣き止まない私の手を取って、爆豪は「あなた」と名前を呼んだ。
《俺がお前を守るから…ッ、我慢しようぜ、ヒーローはどんなときも、泣かないんだ、!!》
鼻をすすりながら、一生懸命に訴えてくる彼の背中があまりに頼もしいものだから、それに負けじと大きく頷いた。
結局、爆豪のお母さんに見つけられて、2人してひたすら泣き続けたのを覚えている。
母に帰ってこなくていいと言われたことを光己さんに伝えると、「私が一緒に行ってあげるから」と抱きしめられて、爆豪と手を繋いだまま我が家へ帰宅した。
インターフォンを鳴らして出てきたのは、服や髪が乱れて、女の匂いを漂わせた母である。何やら、部屋の奥には私の知らない男の姿が。


そんな母の様子に光己さんは激昴して、私を爆豪家へ招いた。


そのときに飲ませてもらったミルクココアはとても甘く、優しい香りがした。
何やら光己さんと話をして帰ってきた母は、泣きながら私を抱き寄せて、ごめんねとひたすら謝っていた。
「もういいよ、お家に帰ろう」


そう一言、私は発した瞬間から、何かが私の中で吹っ切れたような、そんな気がする。
⏰ ⏰ ⏰

『忘れさせて』
「あなた〜、ごめんこの食器戻しといててもらえる?」
突然降り出した雨のせいでバタバタと洗濯物を取り込む母の代わりに食器の片付けを頼まれる。
あなた
はーい
洗い終わったお皿を丁寧に拭いては食器棚に直すという作業を淡々とこなす私の耳に入ってきたのは、テレビの臨時速報。
何やら連続殺人犯であった凶悪ヴィランが捕まったそうで、犯人の顔写真がパッと映し出される。
その顔はどうも見覚えのあるものだったから、自分の個性完全記憶を駆使して必死に思い出す。


3歳まで記憶を遡ったところで、その顔は一致した。


紛れもない、私の父だ。


手に持っていた食器がツルり滑り落ちて、大きな音を立てて割れたのも気にならない。


気づいた時には、母の心配する声を振り切って走り出していた。
小さな頃から見慣れた『横断歩道は右左の確認をしてから渡ろう!』という標識。


そんなのお構い無しに横断歩道へ飛び出し、なぜか1秒でも早く彼に会いたかった。
キキィーッ!!


凄まじいブレーキ音が聞こえて足がすくみ、反射的に音のする方へ目線をやると、大きなトラックが私目掛けて一直線に突っ込んできた。
ドンッという鈍い音が自分の体からして、関節が軋むのを感じながら私の身体は宙を舞う。
硬いコンクリートに叩きつけられたとき、私の目に最後写ったものは赤信号と、必死に声をかけてくる赤い瞳の人。


そして最後に鼻腔をくすぐったのは、いつの日かの彼の甘い匂い。
⏰ ⏰ ⏰

『愛ゆえに』(爆豪side)
目の前で事故った幼馴染みは、いつもの冷静さなんてモンが欠けていて、あの日と同じく泣きそうな顔をしていた。


無事に目が覚めたという報せを聞いて、病院に駆けつけた次第である。
「コンコン」2度軽くノックをすると、はい、といういつもの淡白な声が聞こえて、安心しながら病室へ入った。
爆豪勝己
目ェ覚めたんか
あなた
えっと…あなたは、誰でしょう…?
一瞬身体全体が凍りつくような感覚に襲われ、思考回路は完全停止する。
あなた
なーんて、うまくいってくれればいいのにね
「個性完全記憶のくせに、記憶喪失なんてならせねーよって神様からのお達しかも」
虚ろな目をして、はっと乾いた笑いを口から零したあなたは、全てを忘れたがっていたのだと瞬時に理解する。


大方、あなたのお父さんの事だろう。
爆豪勝己
人生、そんなモンだろ
あなた
だよね
爆豪勝己
りんごとプリン、食うだろ
あなた
あ、食べる
昔からずっとりんごとプリンだけが好きで、あなたが風邪ひいたとき見舞いに行くと、必ずと言っていいほど食べていた。
あなたのお母さんがりんごの皮を剥くために使ったであろう果物ナイフが枕元のテーブルに置いてあって、そのテーブルの近くの椅子に腰掛けてりんごの皮を剥き始める。
切ったりんごをいれる器を探そうと、椅子から立ち上がって病室から出ようとした時、服の裾を掴まれて一瞬身動きが取れなくなった。
爆豪勝己
大事なりんご落としちまうだろーが
あなた
勝己、
爆豪勝己
あぁ?
あなた
雄英、行くの?
爆豪勝己
悪ィかよ。
「別に悪くない」と言いたげな感じであなたはフルフルと首を横に振った。
あなた
私、最初は勝己が雄英に行ったってどうでもいいやって思ってた。
爆豪勝己
あなた
でも、それって違った。ほんとは離れたくないっていう気持ちを誤魔化してたんだ、って
「私、今も勝己が好きなんだって気付いた」


少しずつ声を震わせながら、やっとの思いで言い切ったような話し方だった。
爆豪勝己
ハッ、やっとかよ。俺もだわ。
自分が長く思い続けてきた相手とようやく通じ合えた喜び。


その行き場のない喜びをどうぶつけるか悩んだ挙句、どうしようもなく抱き締めたい衝動に駆られて後ろを振り返った時、


あなたはなぜか涙を流して、必死に涙を片手で拭っていた。
あなた
私が死ぬまで、一緒にいて…
爆豪勝己
当たり前だァ。
そう言われて、全てを悟った俺は椅子に座り直して、あなたにりんごを一欠片手渡すと、受け取った瞬間手の力が抜け落ちたかのように、りんごがあなたの手から落ちていった。
爆豪勝己
おい、あなた…ッ
もう既に目を閉じていて、白い頬に伝う最後の涙が光に反射した。


「私が死ぬまで一緒にいて」


あの言葉は、『付き合って、結婚して、ずっと一緒にいよう』なんてかわいい告白では無い。


『もう時期私は死んでしまうからこの部屋にいて』という悲しい願いだったのだ。



1人残された俺は、頭の近くに置いてあったナースコールを手にして、そっと静かに押す。


ナースコールの電子音がすぐに鳴り止んでも、涙はいつまで経っても止まらなかった。


まるで、枯れることなど知らぬかのように。

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