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第69話

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2022/07/10 02:04
🐯 「 ジョングガ、っおい、待てって 」















後ろから呼ばれる声に、耳が引っ張られそうになる。だが、先生の一二間先を行く俺の足は、どうにもならない気まずさを、速足によって補うようにして、歩みを続けていた。人混みを俊敏に掻き分けながら、脚の赴くがままに一直線に歩いていく。















俯きがちに歩いていると、視界の端には常に不特定の誰かの足元が見えていた。そんな中ふと斜め前に映りこんだ、母親の手を引いてテクテクと歩く、小さな男の子に視線が集中する。徐々に俺の歩調はその親子に合わせられた。男の子の手元をよく見てみると、小さな握り拳が一生懸命に、棒付きのうずまきキャンディを落とさないよう力いっぱい握り締めている。















🐰 「 かわいい… 」















思わず声が漏れる。それと同時に、誰かに手首を掴まれた。















🐰 「 っあ、… 」















🐯 「 はぁ…やっと捕まえた 」















先生はそっと手首から手を離せば、そっと隣に移動してくる。沈黙が降りる。















🐰 「 … 」















周りの楽しそうな雰囲気とは相反して、俺たちの間にだけ、可視化できない気まずさが取り巻かれる。だがしかし、それを存在させる原因を生み出してしまったのは、紛れもなく俺なのである。ふと、先程の出来事が脳裏を横切った。眉間にシワが寄る。分からない。やはりどの角度から考えても、あの時男としての欲情にかられてしまった理由には、一行に辿り着くことができない。そしてこの状況、他の誰でもなく、過去の自分に踊らされているものであるとは、なんとも哀れこの上ない。先程からは、とにかく自責の念に駆られるばかりで。妙な罪悪感や後悔は、既に俺の感情の大部分を占めていた。















横目で先生を確認する。何か言い出さねばならないと思えば思うほど、口許が変に強ばる。素直に謝ってしまえば良いのだけれど、それができれば苦労はしない。あれこれ考えながら再び、数歩前を行く男の子に目を向けた。















忙しない脚のリズム。歩くときゅっきゅと音の鳴る靴。可愛い効果音が付きそう。















などと色々考えていると、無意識のうちに表情はほころんで。そんな俺の様子に、この人が気づかないはずもなく。















🐯 「 …ジョングガ 」















🐰 「 …っ、はい 」














🐯 「 …にやけすぎ 」














🐰 「 へ、…っ は、!? 」















🐯 「 あの男の子、可愛いのは分かるけどさ 」















🐯 「 一応俺もいるってこと、忘れないで欲しいんだけど? 」














🐰 「 べ、別ににやけてないし、…それに、ずっと先生のことしか…今はその…たまたまっていうか、 」















🐯 「 はいはい、弁解不要 」















🐰 「 …もう、」















🐰 「 …とりあえず、まぁ…にやけてたのは認めます 」















🐯 「 ふっ、なんだそれ 」


















🐰 「 …けど、 」
















🐯 「 …ん? 」















🐰 「 さっきからずっと考えてたのは…その… 」















🐯 「 …おう 」















🐰 「 …あぁ、もう、だからっ…さっきは…ごめんなさい、 」















🐰 「 さっきは俺、ほんとどうかしてたっていうか… すごい、変な感じで、… 」















🐰 「 全然、…余裕なくて… 」














🐰 「 だから…場所も考えずに…あんなこと、」






























会話をするというのは、言葉同士の繋がりの元で成り立った。そして、言葉同士の繋がりを生む空間には、いくつかの空白が存在した。もちろん、先生と俺の間にも、それは存在する。特に今この瞬間は、その空白が目に見えるようで、普段の何気ない会話から生まれる"それ"よりも、言葉が埋まるまでの時間がとても長く感じる。だが、この時間が何を意味しているのかは、俺が1番よく知っている。先生は今、俺のために言葉を選んでくれているのだ。知っているというか、何度も経験している。この時間が長ければ長いほど、先生がどれほど繊細で、優しい心を持っているのかがよく伝わった。先生が俺の事を真剣に考えてくれているが故の時間。だからこの時間は、俺にとっても大切な時間なんだ。そんな時間は、俺も先生のことを考える。普段は俺にだけ意地悪で、俺を揶揄うのが大好きな先生だけど、本当は誰よりも優しくて、自分の気持ちよりも、必ず俺の気持ちを優先してくれる。だけどそれは先生の良点でもあり、難点でもある。少しぐらい、先生もわがままになっていいのに。このままじゃ、俺が先生に支えてもらってばかりになる。俺だって、少しは先生のことを支えられるようになりたい。頼って欲しいと思うには、まだ早すぎるのだろうか。


































🐯 「 ったく、何かと思えばそんなことかよ 」















🐰 「 …え、」














🐯 「 さっきからずーっと神妙な顔して言うから何事かと思った 」















🐰 「 え…だ、だって 」















🐯 「 そんなことで一々悩まなくてよろしい 」















🐯 「 まぁ、思えば初めてだったかもな 」















🐯 「 ジョングガがあんな風になったの 」

















































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🐰 「 … 」















俯いたままのジョングガ。力いっぱい手を握りしめて、深く1度、深呼吸をする。















🐰 「 …せんせい 」















🐯 「 …おう、どうした 」














🐰 「 …すき 」














🐯 「 え、?」















🐰 「 すきだよ、せんせ 」















🐯 「 え、は、いきなり…な…っん、 」















ジョングガの手が俺の頬に触れたと同時に、そっと柔らかい唇が俺の唇に触れる。















一瞬でわかった















グガは今















理性を見失ってる















それでも、必死になって抑えてる















押し付けるようなキス















手から頬に、震えが伝わった















もしかしたらこいつ、こんな風になるの初めてなんじゃないか















だとしたら、このままキスを続ければ、きっと後悔する















人目もはばからずにキスしたこと、欲情したこと















グガはきっと、後悔する














俺のせいで






































ジョングガの肩を掴んで、そっと身体ごと離す















🐯 「 …まて、グガ、」















🐯 「 ちょっと落ち着け 」















ジョングガの顔を覗き込みように言えば、案の定呆然とする。はっと何かに気づいたと思えば、一瞬にして顔に血が上る。次第に涙目になった。行き場を失った両手をぐっと握りしめて、隠しきれない動揺を瞳に映しながら、絞り出すようにこう言った。















🐰 「 せんせ、…俺… 」















しかし周囲のざわめきを感じたのか、再び俯き視線をそらす。すると、羞恥心からか歯を食いしばり















🐰 「 ごめんなさい…っ 」















と一言だけ残して、逃げるように走り出してしまった。







































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🐯 「 まぁ、いきなりだったから正直驚いたというか… 」















🐰 「 …はい、」















🐯 「 その…あの場でキスするというか、されること自体想像してなかったし、しかもお前から 」















🐰 「 …は、い… 」















🐯 「 え、あ、いやその、…別にお前を責めてるとかそういうのじゃ 」















🐰 「 … 」















🐯 「 …だからまぁ、その… 」















🐯 「 …むしろ、責められるべきなのは俺の方だし、」













🐰 「 …へ、」














🐯 「 うん…そうだな、…悪ふざけがすぎたよ、ごめんな 」



































なんで















🐰 「 …なんで」















ねぇ、なんで?先生














俺わかんないよ















🐰 「 なんで先生は…いっつもそうやって… 」














俺を傷つけないようにしてさ
















🐰 「 なんでもかんでも…自分のせいにするんですか、… 」















謝って欲しいんじゃない















🐰 「 優しすぎるんです、先生は 」














その優しさに距離を感じることだってあるんだ














🐰 「 俺だってちゃんと分かってるんです、先生がなんでもかんでも俺優先にしてくれてるって 」















俺だって子供じゃない。だからそういうの、もういらない














ぜんっぜんいらない















🐰 「 だから、自分のことはいつだって後回しだし… 」















甘えてばっかりなんて、俺だって男なのに















🐰 「 少しは、俺のことだって頼って欲しいし… 」














🐰 「 先生のわがままにだって、ちゃんと応えたい 」














少しぐらい、俺にも恋人らしいことさせてよ
















🐰 「 今の俺じゃ、全然…その…だめだめだけど 」














🐰 「 先生と釣り合えるような、そんな男になりたいっていうか… 」















🐰 「 俺ばっかり守ってもらうのは、なんか…違うっていうか、… 」















🐯 「 … 」















🐰 「 …とにかく、その… 」















俺が言いたかったこと、全部ちゃんと言うから














🐰 「 俺、そんな簡単に先生のこと嫌いになったりしないんで 」















🐯 「 …っグガ、」















俺だって、先生と同じくらい















いや、それ以上に
















🐰 「 本気で好きなんで 」




































🐰 「 …ん?」















🐰 「 …あれ、え、…いや、待って、…俺今…何を… 」















慌てて口元を手で隠す。俺は一体何を言ってるんだ、こんなテーマパークの道のど真ん中で、何を真面目な顔して語ったんだ。その場の勢いで言ってしまったことを、猛烈に後悔する。















🐰 「 待ってください…その、ほんと…何言ってんだろ、俺… 」















俺がいっそ消えてしまいたいというほどの羞恥心に苛まれている中で、先生はというと、言わずもがな、お察しの通り。















🐯 「 …っふ、…っ 」















眉間に手を当て、声を押し殺すようにして笑っている。先生はこういう人。















🐰 「 あぁ…もう、はいはい、どうぞ、馬鹿にするなら馬鹿にしてください、」















🐯 「 ふっ…いや、っ… ちょっと待て、一旦、一旦落ち着くから 」















🐰 「 その待ってる時間、俺がどれぐらい苦しむか分かってるんですか 」














🐯 「 いや、っ…ふぅ、…いやいや、待て。苦しむも何も、全部お前が言い出したことだからな?」















🐰 「 いや、そうなんですけど…もう、じゃあもうとりあえず今の全部忘れてください、はい、忘れましょう 」















🐯 「 えー、せっかくジョングガが頑張って言ってくれたのに?」














🐰 「 いや、まぁ…そうなんですけど、」















🐯 「 忘れるわけないだろ、死ぬまで覚えててやるよ 」














🐰 「 はぁ…またそんなこと言って 」















🐯 「 ふ、…でも、1つ訂正箇所があるよな? 」















🐰 「 急に先生ぶらないでくださいよ、…え、訂正箇所?」














🐯 「 ああ、まさか分かんないーとかねぇよな? 」
















🐰 「 わ、分かんないも何も、…正直一言一句覚えてるわけじゃないし… 」















🐯 「 はぁ、…仕方ない、教えてやるよ 」
















🐯 「 お前は、だめだめなんかじゃない 」















🐰 「 …え、…っあ、」















頭上に優しく置かれる手。だけど、カチューシャが少し邪魔なようだ。















🐯 「 俺にとってお前は、勿体ないぐらいの恋人だ 」















🐰 「 そんなこと… 」















🐯 「 そんな恋人に嫌われたくないって思うのだって、割と普通のことなんじゃねぇの?」















🐯 「 でも、それがお前には、俺がどこか無理してるように見えてたんだな。ごめん、反省したよ 」















🐯 「 けど、これだけは言わせてくれ 」














🐯 「 俺は微塵も無理してないし、別に優しいってわけでもない 」















🐰 「 うん…ん?」
















🐯 「 これからも好きな時にお前を揶揄うし、死ぬほど困らせてやるよ 」















🐰 「 え、いや、せんせ?それとこれとは話が… 」















🐯 「 別じゃねーよ。大体お前が言ったんだろうが。先生のわがままにも応えたいって 」
















🐰 「 言った、言いました、いやでもやっぱりそういうことじゃ… 」















🐯 「 今まではどこか抑えてたとこもあったかもしんねぇけど、これからはなんの気兼ねもなしに揶揄えるわけだ 」















🐰 「 いや、ちょっと、先生、だから違う違う、そういうことじゃ!…っいだっ、」















必死になって言い訳を口にしようとしている最中、不意打ちを食らった。先程まで頭の上に置いていた手を俺の頬に回し、自身の方に俺の顔を向ければ、意地悪そうな顔で、こちらを見つめる先生。口元に含んだ笑みは、どうも悪戯心が隠せないようだ。










































🐯 「 そうそう、この顔 」











































🐯 「 だーいすき 」





































































































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