アパートの近くにある児童公園。私が電話をかけ、事情を説明したら、築島さんはすぐに来てくれた。本当に申し訳ない、と思うと同時、心配してくれて嬉しいと思ってしまう。
あふれてきた涙を拭う。
もう大丈夫なんだ、と思うと肩の力が抜けた。
――アパートに戻ると、部屋に戻るための通路に隣人がいた。
わたしはぎょっとして、それから少し怖くなって、「通りたいんですけど」と言った。
隣人は何か声をかけてきたけど、もしかしたらこの人がと思うと恐ろしくて、急いでドアを閉めた。
*
――築島さんと行動するようになってからは、ぱたりとつきまとわれる気配が消えた。いまだに手紙はたまに郵便受けに入っているけれど、幾分かマシだ。
それに、少し距離も近づいた気がする。
案じ顔の築島さんに、重ねて「大丈夫です」と言う。
距離が近づいたからと言って、わたしは彼の彼女じゃないんだ。
あんまりわたしの事情に付き合わせてばかりじゃだめだろう。
友達と別れ、残りの帰路を行く。街灯はあるが、辺りはすでに暗い。
そこで、あれ、と思った。――後ろから誰かがついてくる気配。
最悪。
そう思いながら、歩を速める。
怖い。
いやだ、もうついてこないで――。
その瞬間。
聞き覚えのある声がして振り返る。
そこには――、
――腕を背に拘束されている築島さんと、今までになく冷たい目で彼を見下ろす隣人がいた。
状況が理解できずに、目を瞬く。
手紙? まさか彼が?
ストーカーからの手紙の話をした時も、おかしな反応なんかしてなかったのに。
わたしは一気に青ざめる。
本当に、先輩がストーカーだったのか――。
だからストーカーは、家に入って、盗聴器を仕掛けることができた――?
怯えるわたしの代わりに、隣人の彼が一刀両断した。
*
わたしは改めて、深々と頭を下げた。
彼のことをストーカーかもしれないなんて思っていた自分が恥ずかしくて、申し訳ない。あの時声をかけようとしてくれたのだって、本当はあの人が危険だと教えようとしてくれていたのだろう。
顔から火が出そうなわたしに、しかし彼は「気にしないでください」と言う。
負けないでください。
そう言って、彼は分厚い眼鏡と、マスクを外した。
その顔は――。
わたしは胸が熱くなる。心臓の鼓動が速くなる。
――一ファンとして、『アイドル』と接するなら、立場を弁えなきゃいけない。
そんなことは、わかってる。
でも、『隣人として』これからも、と彼が言ってくれるなら。
レン、じゃない、あなたの本当の名前を呼べたらと、そう思う。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!