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第2話

後編
241
2023/09/20 04:07
堂島遥
本当にごめんなさい。突然夜に呼び出したりして
築島徹
いやいや、事情が事情なんだから仕方ないって。家近いし大丈夫だよ
アパートの近くにある児童公園。私が電話をかけ、事情を説明したら、築島さんはすぐに来てくれた。本当に申し訳ない、と思うと同時、心配してくれて嬉しいと思ってしまう。
堂島遥
(浅ましいな、わたし……)
築島徹
気にしないでいいよ
 あふれてきた涙を拭う。

 もう大丈夫なんだ、と思うと肩の力が抜けた。
堂島遥
本当に――ありがとうございます。築島さん



 ――アパートに戻ると、部屋に戻るための通路に隣人がいた。
 わたしはぎょっとして、それから少し怖くなって、「通りたいんですけど」と言った。
隣人
あの、堂島さん……
堂島遥
もう帰るのでっ。それじゃ
隣人は何か声をかけてきたけど、もしかしたらこの人がと思うと恐ろしくて、急いでドアを閉めた。










 ――築島さんと行動するようになってからは、ぱたりとつきまとわれる気配が消えた。いまだに手紙はたまに郵便受けに入っているけれど、幾分かマシだ。
それに、少し距離も近づいた気がする。
築島徹
今日は何時ごろ帰る予定?
堂島遥
あ、今夜は友達とごはん行く予定で。今日は大丈夫です
案じ顔の築島さんに、重ねて「大丈夫です」と言う。
堂島遥
遅くなったりはしませんし、家の近くまで友達と帰るので
距離が近づいたからと言って、わたしは彼の彼女じゃないんだ。
あんまりわたしの事情に付き合わせてばかりじゃだめだろう。




友達と別れ、残りの帰路を行く。街灯はあるが、辺りはすでに暗い。
そこで、あれ、と思った。――後ろから誰かがついてくる気配。
堂島遥
(嘘、最近こんなことなかったのに)
最悪。

そう思いながら、歩を速める。
堂島遥
(やっぱり、築島さんがいないから……?)
怖い。

いやだ、もうついてこないで――。

隣人
何やってるんだ、あんた
その瞬間。

聞き覚えのある声がして振り返る。

そこには――、


築島徹
おい、離せ! 誰だよお前! お前が堂島さんのストーカーか!?
隣人
彼女につきまっとっていたあんたに言われる筋合いはない


――腕を背に拘束されている築島さんと、今までになく冷たい目で彼を見下ろす隣人がいた。

状況が理解できずに、目を瞬く。
築島徹
つきまとい!? 俺は彼女を近くから見守ってただけだ!
隣人
それをストーキングって言うんだ。
それからあんた、数日前に彼女のポストに変な手紙入れてただろ。見てたぞ
堂島遥
えっ
手紙? まさか彼が?

ストーカーからの手紙の話をした時も、おかしな反応なんかしてなかったのに。
築島徹
変な手紙!? 俺はそんなもの入れてない。ただラブレターを投函してただけだっ。
彼女は俺の思いをわかってくれてる。だから俺に助けを求めてきたんだ
堂島遥
う、うそ……じゃあ、あの、盗聴器も……
築島徹
ああ……盗み聞きをしてたのは、ごめん。でも君に誰か男がいたらと思うと気が気じゃなくて
 わたしは一気に青ざめる。
 本当に、先輩がストーカーだったのか――。
堂島遥
(そういえば……鍵を拾ってもらったことがあったけど。
あれ、本当は盗まれてて、その間に合鍵を作られたんじゃ)
だからストーカーは、家に入って、盗聴器を仕掛けることができた――?
築島徹
なあ、堂島さん、俺のこと好きだろ? 
だからあの手紙で俺をそばに感じられて、嬉しいって思ってくれてたよな
堂島遥
ひっ
隣人
そんなわけないだろ
怯えるわたしの代わりに、隣人の彼が一刀両断した。


隣人
無理に押し付けられた好意は迷惑でしかない。あんたはただのストーカーだよ。
いいか、彼女に二度と近づくな


堂島遥
――ありがとうございました。
それから無意味に怯えて、失礼な態度をとってすみませんでした
わたしは改めて、深々と頭を下げた。

彼のことをストーカーかもしれないなんて思っていた自分が恥ずかしくて、申し訳ない。あの時声をかけようとしてくれたのだって、本当はあの人が危険だと教えようとしてくれていたのだろう。

顔から火が出そうなわたしに、しかし彼は「気にしないでください」と言う。
隣人
僕も経験があるので気持ちはわかります。怖いですし、誰も信じられなくなりますよね
堂島遥
え……
隣人
でも、被害者側が凹んだままでいなきゃいけないなんておかしいですよね、やっぱり。
だから僕は負けずに、立ち上がろうと思います。
なので堂島さんも、
負けないでください。

そう言って、彼は分厚い眼鏡と、マスクを外した。


その顔は――。




堂島遥
(レ、レン……!?)



隣人
もっと早く助けられなくてすみません。
あと、ずっと黙っててすみません。推してくれてたのに……
堂島遥
い、いえ、そんな
隣人
……半年くらい前、『辛いことがあるなら、無理に続けなくていい』って励ましてくれて、ありがとうございました。買ってもらった水も、本当に嬉しかった。あなたの言葉が支えだったし、おかげで心を休める時間を作る勇気も出た。
 僕はアイドルとして復帰しますが、その――ここで会ったら、話したりしてくれると嬉しいです
堂島遥
……っ

わたしは胸が熱くなる。心臓の鼓動が速くなる。

――一ファンとして、『アイドル』と接するなら、立場を弁えなきゃいけない。
そんなことは、わかってる。

でも、『隣人として』これからも、と彼が言ってくれるなら。


堂島遥
あ、あの、それじゃ。
お名前、伺ってもいいですか……っ



レン、じゃない、あなたの本当の名前・・・・・を呼べたらと、そう思う。

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